関東から新発田市迄は、遠く朝出て関越高速道路を北に走りながらはてど
なく続く「こしひかり」の穀倉地帯を進み3時頃新発田城に到着した。

新発田城・城門 新発田城隅櫓

今は一部の濠と城門・隅櫓だけが残っている。新潟へ平野の終わった新発田
に豪雪に耐える様に簡素堅牢に建てられた、平城で徳川時代には、溝口秀勝
が5万石の大名に、その後この一族が明治迄続いたとのこと

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