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行 天 宮
台北で有名な寺院(だと思う)に行った
行天宮は、そろばんの神様だか計算の神様だかが祭ってある
確かそう聞いたような気がするが
違うかもしれない
この寺院は、まず門がおもしろい
何がおもしろいかというと
ひとつの門に通り道が3つあって
真ん中が入り口、両端が出口になっていることだ
そして出口は柵でできた回転ドアのようなものがついている
なぜだろう??
ちょっとだけ「行きはよいよい、帰りはコワイ・・・」
そんな歌がよぎった、ホントにちょっとだけ
母屋には?浅草寺の雷門にいるような
すごい形相のお歴々?がいる
名にもそんな怖い顔で計算しなくても、、、
(別に彼らは計算しているわけではないと思うが、、、)
果物やお菓子などのお供え物が
専用の東屋にてんこもりだ
お参りする時はニッポンのように
鈴をがちゃがちゃ鳴らしたりしない
(鈴はない)
そして、線香は太い!
線香を合わせた手で挟みお祈りをしている
シンガポールの観音寺でもそうだったが
正面を向いて祈っている人もいるが
背中を向けて祈っている人もいる
これもちょっと不思議
境内には青い涼しそうな素材で出来た
お揃いのチャイナ服のようのものを着たおばちゃんが
5、6人いて
その前に参拝客が行列している
私もとりあえずその列に並んでみるのだが
みんな、なにやらおばちゃんの耳元でささやいている
何をささやいてるんだろう??
その後おばちゃんはつぶやきながら
参拝客の身体に手や線香をかざす
お祓いのようなものなのだろうか?
わたしの番が来た
どうしたらいいのかわからないので
にこにこしながら(ジャパニーズ・スマイル!)立っていると
「○×△!」とおばちゃん
「え?」と緊張し聞き返すわたし
おばちゃんが日本語でゆっくり言う
「ナマエ、ナニ?」
みんな名前をささやいていたのね、、、
なぜそんな、こそこそするのだろうと思いながら
「シ△モトミ□コ」とやはりヒソヒソ耳打ちするわたし
するとおばちゃんは
「シミャモトミニュコ〜○×△〜〜」
と(多分)中国語で呪文?を唱え出したが
出だしで名前を間違えている
はたして効き目は大丈夫だろうか?
少し心配だ
そしてまず、手のひらを空手のかわら割のような形にして
胸の谷間(があれば、そのあたり、、、)を
ぐいぐいぐいーーと押す
次に線香を身体にかざす
それを何回かやって、はい、おしまい
行列の中にはTシャツなどの衣類を持参している人もいて
同じように念?を送ってもらっている
このおばちゃんたちはボランティアの「収驚」という人たちで
悪い気を祓ってくれる頼もしい存在だそうだ
これでわたしの数々の悪行がチャラになればいいのだが、、、
それと境内に飲料水のタンクがあって
昔、国鉄の特急列車にあったような
なつかしい袋状の紙コップで水が飲める
無料!
聖水のような気がしてごくごくと
何杯も何杯も飲み干すわたしであった

#知り合った台北大学生のうしろを
ぼけーーとついて行っただけなので
行き方はわからない
台北市内で、行きは地下鉄、帰りはバスだった

2000/8/17

美 容 院
私が海外に行ったときに
必ず行くところ、パート2
それは美容院!
台湾でももちろん行きました
「時間がない!」と故宮博物院には行かなくとも
美容院には行けちゃうのです
美容院にもお国柄はあらわれるモノです
バリ島の美容院ではマッサージができ
(バスタブがあって〆に風呂に入る!)
ジャワ島の美容院ではシャワーが冷水
タイではシャンプーの時耳の中まで水洗いされ
マレーシアの美容院では「抜眉毛」を体験しました
いつの日か路上散発も試してみたものです
閑話休題
やってもらいましたよ、台北カット?&ブリーチ!!
ちなみに「髪を切る」は
前の下に刃という字+頭髪
「髪をそぐ」は、削薄頭髪だそうです
紙に書いて渡せば大丈夫!
店の様子やカットの仕方はニッポンと変わりませんが
シャンプーはアジア式(中華式?)です
どういうものかというと
マレーシアでもそうでしたが
鏡の前の椅子に座ったまま、なのです!
いきなりシャンプーをつけて
かしゃかしゃと、、、
何度もシャンプーを追加しながら
かしゃかしゃかしゃっっと、、、
泡は顔にはたれてきません!
これは結構「匠の技」という感じで
感動モノです
もこもこ生まれてくる泡は
いちいち洗髪台に捨てに行ってました
シャンプー終了後
洗髪台に移ってシャワーで流して出来あがり!
その際、顔の上にガーゼやタオルなどは乗せませんでした
ニッポンでもシャンプーするスタッフと
カットする技術者は違ったりしますが
シャンプー、カット、ブリーチと
すべて違う人が担当してくれました
気になる料金は
シャンプーカット+ブリーチで1500元ぐらいだったような、、、

2000.8.3

便 利 店
台湾にもコンビニはある
お馴染みセブンイレブンや
OK便利店(確かファミリーマート??)
などなど、、、
台湾麦酒とパパイヤミルクで
大変お世話になった
店内はほぼニッポンのそれと同じだ
ただ違うのは、ゆで卵がおでんのように煮込んであって
なにやらシナモン系?の香辛料の香りが
店内に充満している
(たいへんそっけなく「謝謝光臨・・・」ありがとうございました
 と応対されるのもニッポンと同じ、、、)

2000.8.2

文 房 具 屋 、百 貨 店 地 下 食 品 売 場
私が海外で必ず行くところのひとつ、文房具屋
ニッポンにおいても文房具屋は楽しいところである
海外の文房具屋が楽しくないはずはない
今回行ったところは
本屋に文房具屋が併設されていた
品揃えはというと
ニッポン製品がとっても多い!
(特にサンリオ製品)
しかもニッポンより高い値段で売られていた
スーパーの食品売り場も、日本食が多い
ニッポンびいきなのだな〜とここでも思った

2000.8.2

領 収 証
台湾のレシートは どこもみな同じ用紙を使っている!
なぜだ!
宿には
「シャンプーや洗剤を買うためにレシートをためています
 協力してください」
とはりがみが、、、
どんなシステムになっているのだろう
気になる〜〜
質問しとけばよかった、、、

2000.8.2

足裏按摩
わたしはマッサージが好きである
しかもその国に古くからあるヤツや
お国柄が現れてるのがいい
ニッポンなら世界に名高い指圧だろうか・・・
タイならタイ古式マッサージ
インドネシアなら
ビーチでのオイルマッサージやヘッドマッサージ
台湾ならもちろん足裏マッサージだ
ニッポンでは「足のつぼマッサージ」と呼んでいるが
これは実は間違い
「つぼ」とは微妙に違うものらしい
正しくは「足部反射区」「脚底反」などなどと言い
身体のあらゆる部位が
足裏に振り返られている?のだ

2000/7/16

熱烈大好足裏按摩
1998年の7月に
マレーシアで熱を出したわたしは
足裏マッサージを受け
すっかり解熱した経験を持つ
それ以来、足裏マッサージの心棒者となった

*多民族国家のマレーシアには
 中華系マレーシア人が住んでいて
 都市部では足裏マッサージの
 アノ派手な足柄の看板を見ることができる

2000/7/17

嗚呼!初体験的劇痛
足裏マッサージは痛い!
ものすごーく痛い!!
その痛みは生まれて初めて!体験する
他には類を見ない種類の痛みだ(と思う)
「痛いところが悪いところ!」
「痛いのは効いてる証拠!」らしい
そして何回も施術してもらううちに
痛みは減り、身体の不具合も治るんだそうだ
(わたしはいつも胃腸と婦人科系が悪いといわれる、、、)

2000/7/17

眠妃的按摩体験方法
街を歩きまわり
アノ原色に塗り分けられた足柄の看板を探しましょう!
台湾の看板は赤色を多用した派手なものが多いけれど
でもやっぱり足裏マッサージ屋の看板は目立ちます

入り口の看板で値段・時間をチェックし、覚悟?を決めます
地元の言葉がわからなくても
漢字から想像できますし
英語・日本語で書かれた広告のコピーなどが置いてあったり
壁に張られてたりすることも・・・・
その時、「$1000」などという表示を見て
「なに〜〜1000ドル、1000000円〜〜!!」と驚かないように!
台湾の通貨元は、ニュー・タイワン・ダラーとも呼ばれ
「$」や「NT$]で表記されます
もちろん1元=$1=¥4です

なぜかマッサージ屋は2階が多いような気がします
その際、ほそーくて、くらーい階段をのぼるのは
ちっとばかし勇気が要りますが
がんばり?ましょう

ドアを開け中に入りましょう
この時に時間、値段の再確認を忘れずに!
金銭的なトラブルは
旅の思い出に汚点を残します
必ずごまかされるとは限りませんが
用心に越したことはありません
1時間1000元ぐらいが相場のようでした
(わたしが行ったところはなんと400元/50分!破格!)

足を洗い椅子に座り、覚悟を決めてください!
左足からスタート!

潤滑をよくするためにクリームを塗ります
それがなぜかシンガポールでもマレーシアでもタイでも
ここ台湾でもなぜか「ニベア」なのです!
不思議〜
手荒れ防止以外のニベア活用法!
花王の人は知っているのでしょうか?
とっても気になります

さ、施術師にすべてを任せてください
痛いですよ、痛いですよ〜〜

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
(めくるめく、激痛と絶叫の世界☆)

足の裏だけでなく
膝下あたりまでマッサージしてくれます
ゆるやかなボトムスがいいでしょう
ジーンズなどはいてる人は捲り上げるのに
ちょっと辛そうです

尚「痛い!」と意思表示しても
そうだろう、そうだろう、と言うような顔をして
一向にその手を緩めてはくれません

マッサージが終わったとたん
「?」という感覚があなたを包むでしょう
この感じは分娩後の!感覚に近いものがあります
ちょっとずれてるかもしれませんが
「孫は来てうれしい、帰ってうれしい」
というフレーズをも
わたしは思い出しました

出されるお茶、白湯などなどは
たくさん飲んで◎
血液の循環や老廃物の排出機能を高めるためだそうです
おかわり可

足取りも軽く
宿に帰りましょう

とにかく
痛いけどウレシイ、足裏マッサージ
あなたも是非お試しあれ!

2000/7/17

台湾的「百円商店」
台湾にもあった!¥100ショップ!!
店内すべて20元(¥80)均一!
品揃えはニッポンのそれに比べると
「まだまだだなぁ〜」という感じで
一昔前の¥100ショップみたいです
ヘア・アクセサリー(髪留めやゴム等)や台所用品
おもちゃなどなどが・・・
もし、洗濯ネットの大きいのがあったら買おうと思って
じっくり物色しましたが
残念ながらありませんでした
(洗濯ネットは旅先で何かと役に立つ!)

2000/7/13

便當
便當・・・
ベントウと発音し、弁当を意味します
ニッポン統治時に吸収されたニッポン文化?です
「弁当」と言うと
わたしは冷たくなった家庭の手作りを想像しますが
「便當」は屋台センターみたいなところや
店で買うことができます
ニュアンス的には「ほか弁」です
容器はまんま、ほか弁!
おかずはバットに入れて並べてあるので
言葉ができなくても指差しOK!
10種類以上の中からお好みのものをど〜ぞ!
炒め野菜のあんかけや肉、魚、タマゴなどなど
わたしは卵とトマトとタマゴの炒め物
青菜炒め、魚にごはんで50元(¥200)でした
味はあっさりめで◎
好吃〜〜!!
同じスタイルで
テイクアウトじゃない店もあります
「自助餐」と呼ばれ7〜80元ぐらいだそうです

200/7/13

食放題
私の大好きな「食べ放題」の店もありました
なんと呼ばれてるかは忘れましたが
「299元!○×△〜」と言う看板が目印
(富士には 月見草が よく似合ふ・・・by太宰治
 食べ放題には ¥1980や299元など
 割安感をかもし出す数字が よく似合ふ・・・byみんぴ)
その謳い文句は「食べると最後の最後までおいしい!」
みたいなカンジです
当然中国語で全部漢字なのですが
じ〜〜と見ていると
何を言いたいのかが
じわじわじわ〜〜と染み込むように解ってくるから不思議!

2000/7/13

台湾的食温度
台湾の人は冷たい食べ物を食べたがらない民族だそうで
かなりのニッポンびいきでニッポン食も大好きな彼らですが
ラーメン
(ラーメンは中華じゃありません!立派なニッポン料理です!)や
うどん(烏龍麺と言うらしい)は定着しても
ざるそばや冷やしたぬきなどの冷たいおそばは
No thank youだそうです

蛇足:冷やしたぬきを「冷狸麺」としたらどうでしょう?
   ぐへっっ!

2000/7/13
眠妃的弁当起源便當説
ニッポンのほか弁がいつからあるのか
手元に詳しい資料がないのでわからないが
台湾における便當システムがニッポン統治時に
確立されたものだとすれば
ほか弁の起源は台湾の便當であり
そしてその逆輸入
ということになりはしないだろうか?
弁当探求朋友会会員諸君、詳細報告待!!

2000/7/13

台湾少女的読書
地下鉄にて、、、 向かい側に座っていたオンナの子が(推定小6)
ハードカバーを読んでいた
題名「家庭的四大秘密」!
その問題に取り組むのは
まだちょっと早いんじゃないか?
漢字が並ぶと
物事が大げさに感じられる
わたしはニッポン人、、、、

2000/6/23

日傘雨傘
ニッポンでは日傘は日傘
雨傘は雨傘の役目をきっちり分担してこなしているが
暑い国・東南アジアの雨傘は
内側が銀色になっていて
これがUV遮断加工?とうたっている
(ほんとかな〜)
晴雨両用だ
台湾の傘も同様だった
公館夜市で雨にあい
それをにらんで?やって来ていた
台北商人の思う壺にまんまとはまり
わたしはUV加工傘を一本購入した(100元¥400)
台北市民もぞくぞく購入
彼らが買っていた折りたたみ傘は
200元・250元とちょっと高めだ
台湾人もニッポン人と同じように
雨にぬれるのがキライとみた
というか
同じように忙しい、のかも、、、
タイ、インドネシア、マレーシアあたりなら
夕立になっても傘は売れないとわたしは思う
彼らは足止めを食らったところで
じっと(ぼや〜と)雨が小ぶりになるまで待つにちがいない

*蛇足
 帰りの飛行機内に
 アノ長い傘を持ちこんだのは
 わたしだけだったかもしれない、、、
 はっきり行ってジャマ!

2000/6/23

観光地九イ分
映画「悲情城市」(観てないが・・・)のロケ地、九イ分(ジュウフェン)
観光地です
みんな趣のある石段で記念撮影♪
台湾人もニッポン人と同じく写真が好き!
九イ分は長い石段と路地、山の斜面にある小さな町
とてもなつかしい気分になります
階段はきついですがぶらぶら歩きがおもしろい!
喫茶店が多く、展望を売り物にしていますが
よ〜く探せば喫茶店に入らなくても
ヴュー・ポイントはあります!
眺めがよく風が吹き抜け気持ちがいいので
つい台湾ビールを1リットルほど飲んでしまいました
お土産屋に混じってコンビニがあるので
水(18元)やビール(27元)を
定価で買うことができるのがありがたい!
この日はすんごく暑い日で
あまりの暑さにみやげ物の椰子の葉っぱで編んだ80元帽子を
値切るのも忘れて買ってしまいました
夏季の九イ分は
帽子・日傘・うちわ・扇子など必需品かも・・・

*台北からの行き方*
いろいろな行き方がありますが
わたしは鉄道+バスを選びました
台湾鉄道で台北−瑞芳
特急?「自強号」80元・¥320(指定席込)約1時間
エアコンが効いていて快適
自分の指定席に前から乗ってる人が平気で座ってます
どいてもらいましょう
バスで瑞芳−九イ分
17元・¥70
(おつりは出ません、小銭用意か周りの人に崩してもらいませう!)
道は山道で楽しい!
途中ダイナミックな?寺?が車窓から眺められます

2000/6/18

九イ分名物名産
九イ分のお土産やさんでは
「下駄」を売っている
名産なのかどうかは知らない
見本?を見て「これと同じものを」と言うと
とんてんかんとんてんかんと
その場で作ってくれる
木の土台に鼻緒
いわゆるニッポンのゲタである
その鼻緒部分には例によって
妙な日本語が刺繍してある、、、
(なんて書いてあったかは忘れてしまったが、、、
 意味不明のひらがなであった)
まっかっかなゲタ
買っておけばよかった
わたしが所持しているクレイジーな浴衣に
ぴったりだったかもしれない、、、

*ミニチュアゲタのキーホルダー3個で100元・¥400
 みんな先を争うように買っていた・・・
 下駄の値段は忘れてしまった・・・
 おしゃれなものもあって結構高い

2000/6/19
※九イ分の「イ分」はニンベンに分です。
 辞書にないので、あえて半角を使用しました。ご容赦下され。



中国単語的回答
前回のクイズの回答です
1.コカコーラ
2.マジックリン
3.メントス
4.スウェット
5.サンドウィッチ
6.ヴィタミン
なんとなくうなずけるでしょう?
ちからずくな?当て字漢字!
(ま、英語からみりゃカタカナだって強引な当て字ではあるが)
マジックリン・魔術霊にはカナリ感動させられました
占領時に定着した日本語もあります
便當→弁当・そのまんま弁当のこと
欧巴桑→オバサン・ミセスの意味じゃないか?と思う
    「欧巴桑一名」と求人広告が・・・ 
多桑→とうさん・オトコの人という意味か??
などがあります
あと本から得た知識として
オシボリ(残念ながら字は失念)
ニンジン(同じく字は失念
     人参と書くとニンレンとなり朝鮮人参のことになるらしい)
も台湾語に吸収され定着したらしい

2000/6/18

複雑台湾的言語
現在の台湾の公用語は「国語」というそうだ
(中国の普通話・ニッポン人は北京語と呼んでいる)
けれど彼らの多くが日常はなしている言葉は
北京語とはぜんぜん違う福建方言のひとつ、台湾語らしい
台湾人のほとんどがバイリンガルだ!
うらやましい!
新しい教育制度で育った人達はもちろん国語がぺらぺらだが
お年寄りの中には
台湾語、日本語、国語の順に得意という人もいる
先住少数民族の言葉は
マレー・ポリネシア語族に属しているそうで
他部族同士の共通語はなんと日本語だったりする・・・
九州ほどの小さな島国台湾に
この複雑な言語形態!
ニッポン全国日本語が通じるって
もしかして奇跡??
(#台湾はどこでも日本語通じるよ、と言われて行きましたが
 そうでもないです、、、
 少なくともわたしが行った所は、、、)

2000/6/19

没有
旅行者の間では
中国を旅行すると一番最初に覚えてしまう中国語として有名な
「没有」メイヨー
ありません、を意味するこの言葉
大陸では、あってもなくても
服務員のご機嫌次第
「没有!」で片付けられてしまうことがあるらしい
切符を買うために何十分も並んだ挙句
メイヨーで追っ払われ並び直し
ないと言われたはずなのに
なぜか次の何十分後には買うことができたという話など
涙ナシでは?聞くことができない
くわばらくわばら、、、
その上、発音も日本語の
「ないよー」に似ていてそっけなく
連呼されると軽んじられている気分になるそうだ
実はこの「没有」
わたしが密かに恐れている世界七大恐怖?のひとつなのだ
そして台北駅のキオスクでわたしの
「チャイニーズ・ティー、プリーズ」に対するお答えが
「メイヨー!」だった
目の前のショー・ケースには
大量に陳列されたウーロン茶缶が、、、
おぉ、これがアノ噂のメイヨーか!
わたしは感動した!
何かとてつもなく大きいものをクリアしたような気になった
多分、気のせいだとは思うが、、、
(この時はチャイニーズ・ティーと言ったのが敗因だった
 わたしは仕方なく指差しをし
 「この缶が欲しいんですけど〜」と言うと
 「オー、ウーロン・ティー!」で解決!)

*ちなみに台湾には緑色の缶と茶色の缶ウーロン茶があり
(20元・¥80)
 どちらかが砂糖入りだ
 要注意!!
(どちらが砂糖入りかは忘れた!)

2000/6/19

老婆曰謎的言葉
台湾にはまったオンナの子いわく
「台湾では勘違いしちゃうほどニッポン女性がちやほやされる!」
残念である
わたしはぜんぜんちやほやされなかった、、、
ニッポン人と思われなかったのか
女性と思われなかったのか
ここでそれを追求するのはやめよう、、、
とにかくちやほやどころか
3泊4日間声をかけてきたのはたった一人
中正記念堂(ヂョンジョンチーニェンタン)でお婆さん、、、
じーーーーーっと見た後に
「しゃおちぇ、はうは〜、ほぇ!わははははっ!」
笑われてしまった、、、
しゃおちぇは「小姐」
オネエサンの意
「おねえちゃん、どうしたのその頭!わはははっ!」(金髪ゆえ)
あるいは
「おねえちゃん、どっからきたのよ!わはははっ!」」(国籍不明ゆえ)
すくなくとも
「お綺麗な方ですね、おほほほほ・・・」
ではないと推測される、、、嗚呼
(ちやほやはされなかったが、みんな親切!)

2000/6/19

神愛世人
台北市内にて
夜の人通りの少ない裏通りを歩いていたら
赤いネオン管で浮かび上がる「神愛世人」の文字・・・
なにやら怪しく、なまめかしい雰囲気・・・
凄そうなサービスを想像してしまうわたし・・・
のぞいて見ると
なんと教会でした!
老若男女がこうこうと照らす蛍光灯の灯りの下
真顔で本を開き
説教を聴いていた・・・
教会に赤ネオン・・・
中華世界では赤はおめでたい色ゆえ
教会で使っちゃイケナイとは言えないかもしれないが
なんかちがくないかい???
亜細亜で赤いネオンを見ると
売春宿系を想像してしまうのは
わたしだけではあるまい・・・

2000/6/14

台北牛乳大王
台湾のファーストフードチェーン店
その名も「台北牛乳大王」(タイペイニュウルーダァワン)!
目玉商品は木瓜牛乳(パパイヤミルク)だ
味の系統としてはイチゴミルク系
「パパイヤを食べると胸が大きくなる!」
そう聞かされたわたしは
毎日がんばってパパイヤを食べ
木瓜牛乳を飲んだ
尚、台北牛乳大王では食事もできる
ビーフシチューを食べてみたらダイコンが入ってた・・・
大変中華料理的である
ビーフシチュー+パパイヤミルク 110元(¥440)
夜遅くまでやってて便利

2000/6/14

有名夜市・士林夜市
士林夜市(シーリンイェーシー)は台北からMTRですぐ
剣■駅下車
(字がわからなく!例によって正しい中国名もわからない・・・  台北から行くと士林の1つ手前)
人の流れに身を任せているとたどり着く
いわずと知れたみんぴ御用達ナイトマーケット
食べ物・のみものや衣料品が売られている
「ものすごい人出なのは週末だからか?」と思ったが
あとから聞いた話では
曜日的なものより天候で人出は左右されるのだそうだ
とにかく人が多くてゆっくり商品を吟味!できなかった
残念・・・
食べた屋台料理は
牛肉入り春巻き(のようなもの)10元・約¥40
白湯スープの黄色い麺(隣の人と同じもの)30元・約¥120
(記憶が正しければ)「双子星」という名の揚げ菓子10元・¥40
夜市の入り口付近で
数人の車椅子の人々が(多分)宝くじを売っていたのが印象的

2000/6/14

世界的流行?日本語衣類
亜細亜ではへんてこな日本語がプリントされた衣類が
「おしゃれ」?として売られ
若者は大真面目かつ大喜びで?それを身に付けている
うれしいような悲しいような・・・
タイでは「洗剤ザブ」Tシャツを
マレーシアでは「ナップザック」とかかれたナップザックを
インドネシアでは「ポールペン」(しかも誤植)と書かれたバックを
わたしは見たことがある
いつも買おうと思いつつ
わたしの中のなにかが邪魔をして
手に入れる事ができなかったのだが・・・
今回台湾にもそれらはあった
わたしは迷わず「東京都推奨・ごみ収集袋」Tシャツを買った・・・
180元・¥720だった
その他「青春はかけ算だ」時計ベルト
白衣のメンソレータム柄に「おいしゃさんごっこ」Tシャツ
堂々若い女性が着る「青春エステ倶楽部!」Tシャツ
「チウは横から見るとハート型なんだね!」Tシャツ
ドラえもん柄になぜか「ひえピタクール」Tシャツ
などなどがわたしのお気に入りだ
もっとも最近ニッポン東京高円寺のライブハウスで
「大和魂」Tシャツを着たカワイイ女の子を見た
日本語Tシャツ
世界的な流行なのだろうか?
そんなことないか・・・
(ちなみにチウとはチュウ、のことです)

2000/6/14

中国単語的質問
質問です 次の単語を日本語で答えなさい
1.可口可楽
2.魔術霊
3.曼陀珠
4.水得
5.三明治
6.維他命
ヒント:全部カタカナです。日本語発音するとわかりやすいカモ
答えは次回のお楽しみ〜〜

2000/6/15

道路横断
「台北の道路はニッポンと違って
歩行者優先じゃありませんよ
ひかれないように、気をつけて・・・」
と言われました
実際大きな通りで横断歩道じゃないところをつっきる人は
とっても少ない!
バンコクもジャカルタも
車優先と言う状況は変わらないような気がしますが
みんな、てきとーに渡ってました
見つかれば罰金を取られるであろうシンガポールでさえ
台北より多くの人が
亜細亜的?に道路を渡ってたような気がします
(どっちにしても信号機を信用して左右を確認しないのは
 世界中でニッポン人だけだと思う・・・
 台北にもう6ヶ月も滞在してる人でさえ
 横断歩道でひかれそうになり
 「今信号青だったのに〜〜!」と叫んでいた)

2000/6/12

台北的信号機
台北の歩行者用信号機
残り時間が表示される型のものがありました
ニッポンにもありますが、違うところは
歩いてる人のマークが
残り時間が少なくなると走り出す・・・
というところです
とってもかわいいけど
ちょっとアセル

2000/6/12

汽車・出祖汽車
ニッポンで「汽車」と言えば鉄道ですが
台湾では「バス」のことらしい・・・
出祖汽車はタクシー
会社にかかわらず
み〜んな黄色なのですぐわかります
シロタクがいるのかどうかはわかりません
台北のタクシー・ドライバーは道行く人に
亜細亜的に「乗るのか?乗るんだろ??乗れ!」などと
強力アピールしてきたりはしませんでした
バスも同じです
自分が乗るバスがきたら
手を振って思いっきり意思表示しましょう
ぼやぼやしてると
素通りされます
市バスは15元、約¥60です

2000/6/12

地下鉄MTR
台北の地下鉄
飲食・喫煙、罰金1,500元(¥6,000)
気をつけましょう!
到着駅のアナウンスは
中国語や台湾語?英語などなど
4種類ぐらい流れる
販売機で切符を買う時は
先に買いたい金額のボタンを押さないと
投入口にコインが入らない
単純で基本的なことだが
これがわからないと切符が買えない
(わざと困ってみるのも手です
 親切な人がきっと助けてくれるでしょう)
切符はニッポンのテレカにそっくり!
自動改札にはバーがあって
ひとりひとり身体で押してガチャッというカンジ
料金は20元、約¥80から

2000/6/12

月台
「月台」・・・ これを見て「プラットホーム」をイメージできるニッポン人が
はたしているだろうか?
わたしは「中山」という駅を目指して
元気よく地下道を歩いていたのだが
電車マークに「往 月台→」という看板を発見し
(往は行く、という意味)
「月台という名前の駅に来てしまった・・・」と
呆然としてしまった
月台・・・
なんとなく風流な感じがするのはわたしだけ?

2000/6/13

中山
漢字がなまじっかわかるせいで
正しい名前が覚えられない・・・
わたしが何度も何度もお世話になった「中山」駅
ここはもちろん「なかやま」駅でも「ちゅうざん」駅でもなく
「チュンシャン」駅なのだが
最後の最後まで覚えることができなかった・・・嗚呼

2000/6/13

台湾的匂
台湾・中正国際空港を降り立つ時
わたしは鼻に全神経を集中させた
どんなにおいがするのか興味があったからだ
どんなにおいだったかと言うと・・・
それは田舎のおっきな家の押入れを開けた時の
湿気たような
とても懐かしいにおい・・・
悪くないな、と思った

2000.6.7

驚愕!台湾
あまりにもばかばかしいことかもしれませんが〜
台北で驚いたことの1つは
車が右側通行だってコト!
初体験である、まる
道路を横断する時なんか
ちょっと変な感じでした
台北市内には日本車もたくさん走ってますが
みーんな左ハンドルに改造?されてます
ちょっと感動!
そして空港から台北駅へ行くバスは
車内灯をつけず車内は真っ暗でした
夜行バスの深夜ならわかりますが
まだ午後8時ぐらいなのに、、、

2000.6.8

台北的交通手段
台北は旅行しやすい都市です!
道路は碁盤の目のように規則正しく通っているし
○○路、と名前もきっちりしているし・・・
そして
漢字がわかるというのも強みかもしれませんが
地下鉄MRTがあるおかげで
どこにでもたどり着くことができます
地下鉄よりバスのほうが景色が見られるし楽しいのですが
路線が複雑でわかりにくく
短期旅行者はいまいち使いこなせません
行きは地下鉄、帰りはバス・・・
これがわたしのスタイル
台北駅近くのゲストハウスなので
駅にさえ行ければ宿に着ける、という裏技?です
(例によって結局滞在中
 一回も出祖汽車、タクシーを使いませんでした・・・)

2000.6.11



◆ ニンゲンあれこれ      Top↑
人種
アジア人(ニッポン人もアジア人なのだが。。。)に
家を貸すと くさいし、汚くなるからいやだ、と
どこかのアパートの大家が言っていたのを聞いたことがある。
これは全くの偏見だ。
わたしが「お宅拝見」した
都内在住のバングラデシュ人R氏(27)の部屋は
わたしの家の
十倍も百倍も
いや
千倍も
清潔でぴかぴかに磨かれていたぞ。
人種が問題なのではない!
その人個人の問題なのだ。
2000/4/19

マレーシア・青年の主張
子供の頃この村は退屈で嫌いだった
大人になったらクアラ・ルンプールへ行こうと
ずっと思っていた
それで行くには行ったんだけど
戻ってきちゃった・・・
都会の人は心が冷たいから
いやになった

1997年マレーシア、ランタウ・アバン
海がめの産卵を観光客に見せるガイド、ドゥディー(26)談
2000/4/17

タイ・働く女性
どこ行くの、ビーチ?
いい天気だものね
いってらっしゃい!
わたしここで働いて3年になるけど
2年以上ビーチへは行ったことないわ
だって暑いんだもん

1998年タイ、プーケット、カタ・ビーチ
バンガローの女性スタッフ、サー(33)談
2000/4/17

マレーシア・未成年の主張
ニッポンのTVドラマって面白いね!
チアキっていう名前のスチワーデスの話
あれって、サイコー!!

1997年マレーシア、コタ・バル
ゲストハウス・オーナーの妹、ノラシキン(19)談
2000/4/17

マレーシア・青年実業家
そんなに働いてどうするのかって?
車が欲しいんだよ
プロトン・サガ??
ダメダメ、国産車なんか!
やっぱり、メルセデス・ベンツじゃなきゃ

1997年マレーシア、コタ・バル
ゲストハウス・オーナー、ニック(35)談
2000/4/17

インドネシア・老人の嘆き
おまえ、なに人だ?
香港か?台湾か?
え?ニッポン人?
なんてこった!
オレはおまえは香港人に違いないと思って
1000ルピア賭けてたんだよ!!

1995年インドネシア、ジョグジャ
道端にたむろっている老人談
2000/4/17

インドネシア・悪名高きニッポンオンナ
あたしの彼、かっこいいでしょ?
みーんな見つけてるわよぉ、バリでオトコ!
でも子連れじゃどうだろ・・・
とにかくがんばってね!

1996年インドネシア、バリ、ジンバラン
同じホテルに泊まっていたニッポン女性談
2000/4/17

シンガポール・思い込んでいる男
どこから来たのですか?
ジャパン?ジャパン・・・・?
台湾にジャパンというところ
ありましたっけ?

1997年シンガポール、ベンクーレン・ストリート
食堂の会計係の男性談
2000/4/17

飛行機で・思い込んでる女
エクスキューズ・ミー・・・

1998年キャセイパシフィック航空、香港−成田便
隣に座るニッポン人に
2000/4/17

マレーシアの単身赴任
自分は結婚しているが
妻はクアラ・ルンプールにいる
彼女はとても頭がよく
仕事を愛している
自分は都会が好きではないので
この島に来た
もちろん淋しいと思うことはある
ここの島の住人はいい人たちだが
本当の友達はいない
自分が妻帯者だということを知る人もいない
だからあなたがうちに泊まっても
なんの問題もないだろう
じぶんは愛する人は何人いてもかまわない
けれど
あなたが友達のままがいいというなら
それでもかまわない
あなたが望むことが自分にとって一番いいことだ・・・

マレーシア・ランカウイ島ビーチボーイ談
2000/4/17

「タベロ〜、ニホンジン!」
1999年、マレーシア、ペナン島、バトゥー・フェリンギ。
午後、道を歩いていると
忙しい時間が終わり、ぼんやり椅子に座って
頬杖をついていたレストランのマレー系のおばちゃんが
ニッポン人たる私を見つけ日本語で叫んだ。
「タベロ、タベロ〜、ニホンジン!」
私はいきなりのことで面食らったが
正しく?答えることができた。
「スダ〜、スダ〜〜、オラン・ムラユ〜!」
(済んだ、済んだ、マレー人!)
2000年、ところは全く同じレストランの前。
ここは、前に声をかけられたところだ・・・
などと一人回想していると
「タベロ、タベロ〜・・・」
とまたも絶妙なタイミングで声をかけられた!
おばちゃんは見つけたニッポン人全てに
タベロ〜!と声をかけてるのだろう。
きっと今日も・・・
すごいなあ〜(しみじみ)

*バトゥー・フェリンギのメインストリートから
ビーチへ向かってぐるりと安宿を囲んでいる道です。
すぐわかりますから・・・
2000/4/16

コギャルゥ〜
1995年、インドネシア。
道を歩くと陽気なジャワニーズに
「オシン!」
「アジノモト!!」
とはやしたてられたものである。
2000年、マレーシア。
「こぎゃるぅ〜!」
と言われた。
びっくりした。
(ちなみに1995年
 ムスコは「ドラエモン!」と
 言われていた)
2000/4/14

アジノモト
1994年、インドネシア。
あまりにも「アジノモトアジノモト」といわれるので
本名「ミ■コ・シ▲モト」をもじり
「メキシコ・アジノモト」
と名乗った。
だれもべつに怪しまなかった。
2000/4/14

アジマル・スズキ
1996年、インドネシア。
「インドネシア語・日本語辞典」を買ったら
編纂者名が「ドクター・アジマル・スズキ」だった。
それらしい名前を勝手につけてやしませんか??
2000/4/14

ABC
1998年、ニッポン。
友「ウチのコドモが行ってる幼稚園は
  アメリカ人の先生がきて英語教えてるんだけど
  かわいそうなんだよ〜」
私「なんで?」
友「ABCって呼ばれてるんだよ〜〜!」
そりゃホントにかわいそうだ。
2000/4/14

テン・イヤー
1994年、インドネシア、ギリメノ。
宿であった旅行者と世間話。
私「このビーチにマッサージ師っているの?」
相手「いるいる!
   『テン・イヤー・マッサージ』って書いた籠を
   首からぶら下げてるおっちゃんがいるよ
   テン・イヤ〜!って叫ぶとすぐ来るよ」
私「なにそれ?
  10年間マッサージ師をしてる、ってこと?」
相手「そのつもりみたい
   ただ、自分が2年前にここに来た時も
   テン・イヤー・マッサージって書いてあったよ」
私「もしかして、仕事はじめた当初から
  テン・イヤーだったりして。。。」
相手「そうかもしんない
   あ、トゥエンティー・イヤーってのもいるよ。。。」
2000/4/14



◆ いきものあれこれ      Top↑

アジアを旅するテクニックのひとつに
「野良犬に噛まれないようにする」
というのがある。
思わずうなずいてしまうほど
インドネシア・バリ島(特にウブド地区)には
野良犬が多い。
昼間はだらっと昼寝をし人畜無害の彼らだが
夜になるとその生態は一転する。
群れをなし、ほえかかり、とっても怖い。
夜、ガムランや踊りを見た帰り道などは
特に気をつけるよーに。
それに対し、マレーシアなどのイスラム色の強い島では
一匹も見かけることがない。
犬は豚と並んでよろしくない動物なのだ。
それはそれで
ちょっとさびしい。

*犬については
「亜細亜日記マレーシア・リゾートアイランド」を
参考にど〜ぞ
2000/4/12

猫と犬 at restaurant
アジアのオープン・レストランや大衆食堂。
犬や猫が入ってきても誰も追っ払わない。
2000/4/12


マレー人は犬がダメ。
もしかして、猫が好き?
ボルネオ島にはクチン、猫という名前の街がある。
(同じマレーシア人でも人種、宗教によって
 犬はOKである。
 ヒンドゥー教のインド系の家では犬を飼っていたし
 中華系の人にいたっては
 「犬?おいしいよね」と言っていた)
2000/4/12

ニワトリと猫
生き物の世界には
「弱肉強食」や「野生の本能」
といったキビシイ掟があったはずではなかったのか?
この常識をくつがえす出来事。

場所:インドネシア・バリ島、ゲストハウスの庭
時:ある日の朝
右から猫、左からニワトリとひよこの親子がやってきた。
おぉ、ニアミス!
ギャーギャー、クワークァクァクァ!
と、とんでもない騒動が起こるのでは?と
身がまえるわたし。
けれど猫はそのまままっすぐ歩き
ニワトリ一家も相変わらずえさをついばんでいる。
全くナニも起こらなかった。
実にのんびりした両者であった。
2000/4/12

ニワトリ(闘鶏用?)
ピアスをしていた。

*亜細亜写真館を参考にど〜ぞ
2000/4/12

サル・いのしし・オオトカゲ
マレーシア、チェラティン・ビーチのゲストハウス
「Mak Long Teh」。
ここの庭には猫はもちろん
サル、いのししがやってくる。
ビーチへの道には
1メートル!はあるオオトカゲがのっしのっし。
(断じて夢じゃない!)
2000/4/12

くらげ
タイ、プーケット、カタ・ビーチでくらげに刺された。
それも2日連続で!
しかも同じ左足を!!
なんで?なんで〜〜??
原因は左足首に巻いていた
エメラルド・グリーンに輝くガラス玉のアンクレット。
(じゃないかと思う)
気づいてはずしてからは、刺されなかった。
えさ、あるいは敵と思われ攻撃されたと予想される。
2000/4/12

さかな
大リゾートホテルのビーチでも
糸に針をつけただけの簡単な仕掛けで
魚はつれる。
2000/4/12

かに
すごーく小さくて
普段砂の下に潜ってるかに(名前はわからない)。
潮が引いた後、彼らは一生懸命穴を掘り
掘った砂を穴の周りに
ちっちゃい団子状にして置いている。
団子の大きさが一定なのもスバラシイが
その置き方が芸術的!
放射状あり、うねうね型あり、etc・・・
全部写真に撮っておきたいほどだ。
2000/4/12

夏の花
ニッポンの夏の花の代名詞
「アサガオとひまわり」
暑い時の花というイメージであるが
わたしは東南アジアでこれらの花を見たことがない。
暑い時と寒い時がないと
ダメな花なのだろうか??
ナゾである。
2000/4/12

トッケー様、チッチャ様
わたしはヤモリが好きだ。
守宮、家守、という漢字が当てはめられるほどに
家を守る、素晴らしいイキモノである。
わたしの天敵である蛾を食べてくれるのがうれしい!
わたしが子供の頃、イバラキの実家には
夏が来るたびにヤモリの訪問があった。
テレビの横の窓ガラスにぴたっと張り付くそのお姿を
わたしは頼もしく感じていたものである。

東南アジアの安宿には
必ずと言っていいほど小さいヤモリが
天井の電気のわきあたりに何匹かいらっしゃる。
電気の明かりに寄って来る蚊や虫を食すために、だ。
94年インドネシアでこのヤモリを
チッチャ、と呼ぶのだと教えられた。
インドネシア語でチッチャなのか
地元の言葉でチッチャなのかはわからないが
やっぱ、ちっちゃいからチッチャだよな〜と
妙に感心した。
ニッポンで見かけるのと同じぐらいの小ささで
色は白っぽい。
これに対しあまり人前には出てこないキング・オブ・ヤモリが
トッケーである。
ニッポンでもペットショップなどで
トッケー・ゲッコーと言う名前で
時々見かけるトッケー様。
長さは、そうねえ、20センチぐらいだろうか?
深い緑にオレンジの点々。(定かでない・・・)
トッケーと言う名前はその鳴き声からきている。
暗い闇夜に響き渡るトッケーの鳴き声。
是非、耳を澄まして欲しい。
「トッケー、トッケー、トッケー・・・」
と9回つづけて鳴いているのを聞くことのできたあなたは
幸せになれるという・・・
2000/4/11

アリ
ニッポンでは
「あっち行ってちょんちょん、こっち行ってちょん♪」
のアリであるが
アジアにおいてはあなどれないもののひとつである。
バナナやクッキーにアリがたかった、なんて
なまぬるい。
マレーシアでは無造作においた歯磨き粉チューブの
ほんのちょっぴりはみ出していたペーストに
ぞろぞろと行列した。
タイではうっかり置いた薬の糖衣めがけて
大挙して押し寄せてきた。
(全て部屋の中での出来事である)
2000/3/21


私は蛾が嫌いである。
蛾がいるとこの前をどうしても通らなきゃならなくて
泣いてしまったことがある。
あまりに嫌いなので
嗅覚でもってその存在を感知できるほどである。
こんな私だが
タイ・マレーシア・インドネシア・シンガポールで
蛾を見たのはたった一回だけだ。
不思議だ。
ジャングルに分け入らなかったのがその原因か?
林ぐらいなら
いつもずんずん入っていってるんだけど。。。
2000/3/24


◆ のりものあれこれ      Top↑
シンガポールのエレベーター
シンガポールの地下鉄のエレベーターは
東京のそれよりも速度がはやかった(ようなきがする)
2000/3/19

シンガポールの飛行機
シンガポールの飛行機は
みんな国際線だ!
(当たり前といえば当たり前だが、なんかスゴイ)
2000/3/19


◆ 学校あれこれ      Top↑
インドネシアの小学校
インドネシアの小学校は2部制度をとっているらしい。
児童の数に比べ
教室数が圧倒的に足りないのがその原因とか・・・。
このことはかつて何かの本を読んでの知識で
しかもずいぶん前の話なので
現在もそうであるかどうかはわからない。
けれど実際インドネシアに行った時
ずい分朝早くから学校へ行くんだな、と
感心した記憶がある。
子供たちはまだ薄暗い早朝に
徒歩で、あるいは家族の運転するオートバイで登校していた。
ニッポンの小学生のように集団登校班はないようだ。
きっと、「交通安全母の会」もないんであろう。
登校時の旗持ち立哨当番もないんであろう。
ちょっとうらやましい(アレは非常に眠い)。
2000.3.7

インドネシアの小学校の制服
インドネシアの小学校には制服があるようだ。
ジャワ島の小学生もバリ島の小学生もヌサトゥンガラ諸島の小学生も
みな白いシャツに赤茶っぽいボトムスであった。
けれど、同じようなのだが微妙に違う。
なんだなんだなんだ?としばらく考えて思いついた。
街中の小学生は
白は白、茶は茶のパリッとした新品ぽいいでたちなのに対し
離島の子供たちは、お下がりなどでどうやら体裁を整えてるらしく
古びていて体のサイズとまったく合っていない制服姿に裸足なのだ。
中央と地方では経済・生活に格差があるんだなと
総中産階級社会で暮らしているぼんやりなニッポン人(私)でさえ
そう感じる風景だった。

蛇足:制服とおそろいの赤茶色の帽子(キャップ)もある。
   それはそこらに数多くある雑貨やで売っていた。
   95年に確か1000ルピアもしなかったと思う。
   (当時は¥1万=Rp250000現在はRP650000だ!)
   私はその制帽をムスコにかぶせて旅をした。
   そのおかげか「子供は何年生?」と声をかけられ
   たくさんの人と話をすることができた。
2000.3.7

インドネシアの小学校とニッポンの小学校
インドネシアの小学校とニッポンの小学校の圧倒的な違い。
それは、学校のまわりに食べ物屋台が集まってくることだと
私はひそかににらんでいる。
駄菓子屋台、ジュース屋台、ラーメン屋台などなどである。
ニッポンの学校の近所にも駄菓子屋はあったりするが
それはあくまでも学校帰りやその後にたむろする場である。
しかし、インドネシアの場合そんな生ぬるいものではなく
放課後はもちろん
登校前や休み時間!のご利用を当て込んだものだ。
「学校に飴を持ってきた!」と
目を三角にした先生に怒られるニッポンとは雲泥の差である。
どっちがいいかは
大人になってしまった今では、わからない。
(そりゃ、子供は買い食いしたいでしょうとも!)
2000.3.7

インドネシア・離島の小学校拝見
インドネシア、ヌサ・トゥンガラ諸島ギリ・メノの小学校。
歩いても1時間で島を一周できる小島、ギリ・メノ。
交通機関は唯一一頭立ての馬車があるのみ。
そんな島の小学校。

教室は、電気の設備がないので暗い。
木製の長椅子と長机。
それが教室の広さより圧倒的に少ない。
正面には黒板。
その上にたぶん大統領と副大統領の写真。
教室の隅にはスナック菓子の袋が散らかる。
もう授業は終わっているようであるが
無断で学校に入り込んだ外国人に
どこからともなく群がってくる児童たち。
輝く目。
緩む口元。
年長の、子供を抱いたティーン・ネイジャーも混ざっている。
黒板に簡単な計算問題を書くと
みんなでひそひそ相談し
大声で答える。
「リマブラス!」(15!)
先生は23歳。
どことなく、日本人に見えるササッ族の男性。
私はひとしきり子供たちと遊び宿に帰る。
「サンパイ・ジュンパ・ラギ!」
(また会いましょう!)

ギリ・メノへの行き方は
亜細亜日記・海、のおまけを参照してください。
2000.3.8


マレーシアの学校
マレーシアは多民族国家。
マレー系、華系、インド系の住民が暮らしている。
経済状態を反映してか
都会には商才にたけた華系、インド系住民が
田舎にはのんびりマレー系住民が多く暮らしているらしい。
ペナン島には華系が多く
「○○華人女子中学校」などと漢字で書かれた学校が多かった。
民族によってある程度通う学校が限定されてしまうのだろうか?
だとしたら残念だ。
2000.3.7

マレーシアの学校の制服
マレー系住民のほとんどがイスラム教徒である。
イスラム教徒になる、というのは
マレー人になる、という言葉に置き換えられるほどだ。
マレーシアの女子中学生(高校生?)の制服は
清潔そうな白のシャツに綺麗な水色のスカートだが
そこにもイスラムの教えが根づいている。
ノン・イスラムの子は半袖、膝下丈のスカートなのに対し
色はまったく同じなのだが
敬虔なイスラム教徒の子は長袖にくるぶしまでのロングスカート
それに白いイスラムスカーフ?で髪をおおっている。
ひとつの学校に2つの制服なんてこともあるのだろう。
2000.3.7

マレーシアの通学風景
マレーシアの学校とニッポンの学校の違いは
スクールバスではないだろうか?
全くないわけではないだろうが
関東平野人である私は
ニッポンで実際にスクールバスを見たことがない。
マレーシアでは黄色の車体の横に黒い太字で
「バス・スコラ」(スクールバス)と書かれ
車体の種類は普通乗用車のワンボックスから
観光バスも顔負けの大きなものまでさまざまだ。
ペナン島でも、メイン・ランドの東海岸でも同じだったので
きっと全国的に統一してあるのだろう。
朝薄暗いうちから子供たちは道端にたたずみ
バス・スコラがそれを拾っていく。
夕方には学校前に何台ものバスが集結し
さながらバス・ターミナルのような様相を呈す。
もちろん付近の道路はのろのろになる。

蛇足:バス・スコラの類似系に「バス・キーラン」がある。
   キーランとは「企業」のことで
   こちらは水色の車体だ。
   郊外と工業団地との間を労働者を乗せて走る。
   (マレーシアにはたくさんのニッポン企業が進出している)
2000.3.7

マレーシアの小学校・宿泊学習
外国人と話してみたい。
私は子供の時そう思っていた。
しかし、なにせシャイなニッポン人である。
(今では「恥も外聞もない人」になリ下がった私も
 かつては人見知りの激しい、恥ずかしがり屋の少女だったのだ)
その思いは大人になるまで果たせなかった。
それに対して南国の子供は
人なつっこい子が多いような気がする。
97年7月、愛想のいいマレー少年と仲良くなって
マレーシアの小学校に突撃潜入?した。
私は少年の手引きで学校の敷地に入り
きょろきょろと全体の様子をうかがっていた。
2階建ての本校舎のほかに
一階建ての食堂のような建物があって
中ではお茶の準備がされているようだった。
すると突然背後から
「なにをしているのですか!?」
と声がかかった。
振り向くとイスラム帽をかぶった、マレー人にしてはがたいのいい
先生らしい人がにらんでいた、やばい、こわい。
「ただ、見てるだけです〜」
私は後ずさりしながら答えた。
すると先生は急ににこやかになり
「ようこそいらっしゃいました、こちらでお茶をどうぞ」
なんのことはない、先生も外国人と話がしたかったようである。
例によって、年はいくつ、結婚しているのか
職業は何、サラリーはいくらなどなど
超パーソナルなアジア的質問が始まる。
しばらくすると、子供たちがどやどややって来て
お茶の時間が始まった。
先生の話によるとその日は正規の授業はなく
特別の日だったらしい。
「子供たちは3日間学校に宿泊して道徳を勉強しているのです」
へ〜、そんなのがあるのか・・・
具体的にはどんなことを?の質問に先生は
「えー、あー、そのー・・・子供は煙草を吸ってはいけない
酒はいけないなどです」
なるほど・・・と神妙な顔でうなずきながら
私はなんだかおかしくて
お茶を吹いてしまいそうになるのを懸命にこらえ
そして甘いお菓子を食べた。
2000.3.7


シンガポールの幼稚園
シンガポールの幼稚園児は
水筒を肩から下げて幼稚園に行く。
南の国は暑いから?
水道の水が飲めないから?
理由はわからないけれど
視覚的にかわいい♪
2000/3/20


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