|
ジャワ島のボロブドゥールは、世界三大仏教遺跡のひとつ(もし、私の記憶が正しければ・・・)世界中から観光客が訪れる所だ。「インドネシア、ジャワ島・バリ島九日間の旅!」なんていうツアーでは、その目玉になっていて、日本人もカナリ多い。
一九九五年八月、そこのレストランで私はオヤコドンボリを食べた。親子どんぶり、ではない。オヤコドンボリ、正確にはOYAKODONBORI、である。
私は、海外旅行にウメボシや、インスタントみそ汁や、緑茶のティ・バックや、焼きのりや、赤いきつねと緑のたぬきなんかを持って行くタイプではない。郷に入ったら、郷に従え!餅は、餅屋!(←これは、ちがーう!)が、好きなのだ。せっかくだから、どーせだから、そこのモノに染まってみたいんである。
インドネシアの料理は、だいたいが辛い。けれど、幸いなことに、(辛と幸って似てるなー、今気づいた。もうひとつ言ってもいい?毒と妻と妾も、なんか似てるよ、ね!)(..ね、と言われてもなー)私は、辛いモノが、結構平気なので、いつも屋台で、隣にすわってるインドネシア人が食べているものを「これください!」と指差し注文し、あるいは、直接食材を指差し、味つけはシェフに(もとい、屋台のオヤジに)おまかせして、おいしいローカル・フードを食べていた。(これは、全く関係ない話かもれないが、この時同行した私の相方は、辛い物がダメだったので、すかさず「辛くしないで下さい」と言わなければならなかった。インドネシア語で、辛いはペダスで、自転車がスペダだった。私たちはよく、「自転車にしないでください!」と叫び、笑われた)
この時は、世界的な大観光地で、レストランに入った。メニューを見ると(インドネシアに来て、初めてこんな立派なメニューを見た)ジャパニーズ・フードのページがある。いつもの屋台に比べると、恐ろしく高価だけど、旅も中盤になり食生活がマンネリ化していた私は、ソーメンやショウガヤキの文字に、心を奪われた。自分がまぎれもなく、日本人であると感じる瞬間である。
「どーしよー」さんざん悩んだあげく、私は比較的値段の安いオヤコドンボリに、目を付けた。「どんぶり」でなく、「ドンボリ」なのが少々気になったが、単純な誤植であろうと軽く流した。それに、何年か前、やはりインドネシアのバリ島で、「とうむるこし」を食べたことがあるが、ちゃんと「とうもろこし」だった実績もある。
出てきた料理は思った通り、ドンボリでなく、どんぶりに入っていた。親子であることにも異論は、ない。けれどやっぱり、OYAKODONBORIであった。
どんぶりの中は、なみなみの、鰹だししょうゆ味スープで満たされていた。ゴハンは底のほうに沈み、チキンのからあげと目玉焼きが、その上で堂々と親子のなのりを上げていた。それに中国製の、あの、さきっちょが細くなってない、使いづらーい象牙色のはしがついている。どうやって食べりゃーいいのよ!これじゃ、ゴハンがポロポロこぼれて、口まで持っていけないじゃん。
私は黙ってカバンの中から、インドネシア語のハンドブックを取り出し、単語を確認すると、ウエイトレスにたのみごとをした。
「ミンタ センドッ!」
スプーンのことをセンドッって言うってことを、この時に知った。(こうした、数々のインドネシア式の困難のおかげで、私の語録は増えていった)
郷に入れば、郷に従え! 蛙の子は、蛙!(←だから、ちがうってば!)そういうものだと思えば、オヤコドンボリはオツなものである。インドネシア風といえば、オイシイようなカンジがする。たとえ、インドネシア人が、普段オヤコドンボリを食べていなくても、だ。
まだまだ続く、似て非なるジャパニーズ・フードの世界。
ジャワ島ジョグジャカルタは、かつて王様(?)が住んでいて(やはり私の記憶が正しければ、だ)、王宮があり、伝統芸能もさかんなところだ。ここに滞在していた時、私は身体の調子が悪かった。それが、敗因であった。
「だるいー」私はつい、宿の向かい側にある、こぎれいなレストランに入ってしまった。
いつもなら、かなりの距離を歩いてでもナイト・マーケットに行く私である。ナイト・マーケットには、アジアの活気がある。そして、矛盾しているが、アジアのだらだらもある。人々は、薄明かりの中をうごめくのである。そして、安くて、カクジツなインドネシア料理があるのに。
なのに、私はレストランに入ってしまった。メニューを見ると、やっぱりジャパニーズフードのページがあった。「テンプラソバ」。エビが二匹のっかってるてんぷらそば。なんか、おいしそう!日本において、最も私が注文しない料理のひとつであるてんぷらそばを、なぜに頼んでしまったのか、今でもまったくのナゾである。
きっと、熱があったのだ。ボロブドゥールでのアノ経験が、全く生かされなかったのはひとえに、私の罪です、すみません。
さんざん待たされて、ついに出てきたテンプラソバは、楕円形の白い平皿にのっていた。
山盛りの野菜の「フリッター」に(あれは、断じててんぷらではない。あれはフリッターというモノである!)、素の(ゆで上げられた、味つけのしてイナイ)スパゲティ、ちっちゃいうつわには、しょうゆが入っている。なんだ、こりゃ?
だけど私は食べた。テンプラソバを、しかも、オイシソウに食べた。そうするより、しかたなかった。なぜならば、エプロンをしたコックさんが、なぜか私の横につっ立っていたからだ。彼は得意そうに微笑む。その微笑みで、私にこう訴えかけていた。
「どうだ、うまいだろ、なつかしいだろ!日本料理!」
「・・・・・・」と、ジャパニーズ・スマイルで答える私・・・あぁ。
作ったアナタは、悪くない、たのんだワタシが、悪いのよ。
フリッターは、フリッターの味がした。当然だ。スパゲティは、スパゲティの味がした。
これも、当然だ。そしてしょうゆは、これまたしょうゆの味がした。料理の総評としては、そこそこと言える。これは、テンプラソバだ。「てんぷらそば」だと、思うのがいけないんだ。まずくない、まずくない。想像したモノと違うだけ。ただ、それだけのコトだと、思いたい。
郷に入れば、郷にしたがえ!当るも八掛、当らぬも八掛!(調子に乗ってんじゃねーよ、しばもと! ←天の声)
いったい、今までに何人の日本人が、郷にしたがって、これらのインドネシアン・ジャパニーズ・フード(あえて、こう呼ぼう)を、食べたのだろう。誰ひとりとして、この大いなる勘違いを指摘し、正さなかったんだろーか。うーん、不思議だ。もちろん私も、指摘しない、できない、一般的なニッポン人であった。
それにしても、どこのどんな日本人が、これらの、ものすごいレシピを伝授したんだぁ?それとも、熱帯性気候のインドネシア人が日本料理たちを、似て非なるモノに進化・成長させたのかね〜。ま、どっちにしても、悪気はないんだろうけどねぇ。(多分なー)
食欲の秋にこんなことを思い出している私は、現在ダイエットを決行していたりする。そんな、今日この頃であった。(そう締めくくるのか!)(ええ、なにしろ秋号だからねー)
|