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山あいを走る鉄道。古い、小さなとある駅で、観光客は我が家へと帰るために、なかなか来ない列車を待っていた。
小さなリュックをしょった壮年夫婦や若いカップル、走り回る幼児を連れた夫婦、子供会の団体のような、にぎやかでカラフルな小学生たちと引率の大人。
ざわめきと人の熱とが、この山あいの駅にも訪れるであろう夏の終わりの、そして夕刻特有の空気を打ち破っている。
プラットホームは山肌にぴったり沿うように、そして世界を分けるように小さな木製の改札がある。更にそこから、開放されたような待合室があった。
待合室はホームの小ささに似合わず、天井が高く広々としていて駅舎の大部分を占めていた。切符の自動券売機はなく、天井付近には手書きの時刻表や料金表が斜めに掲げられている。つやつやの木製のベンチが整然と並び、その真ん中に冬の厳しい寒さを物語るように、季節はずれの火のないストーブが違和感なく存在していた。
観光客はそんなホームと待合室との両方にあふれていた。
私は無人の改札を抜けると、ホームに立つ。ポケットモンスターの黄色いTシャツを着た幼児が、人々にぶつかりそうになりながら走り回り、危ない、と親に注意されている。
私はそんな様子を白いペンキがはげた柵によりかかり、ただぼんやりと眺めていた。
「お掛けになりませんか?」
不意に声を掛けられ振り向くと、老女が一人プッラトホームにただひとつだけ置かれたベンチに座り、手招きしていた。私は、はい、じゃあ、と彼女の横に座る。
スーパーの白いビニールの買い物袋を紺色の巾着袋と一緒に持ち、もう片方の手には杖…。ナイロン製の薄紫色の開襟シャツにグレーのズボン。年は70過ぎぐらいだろうか。
このたくさんの人の中で、彼女だけが地元の人のように思われた。休日を嫁いだ娘の家で過ごし家に帰るところなのか、あるいはこれから隣駅に住む友達を訪ねるところなのかもしれない。
このかつて栄えた、過疎の町で生きてきたひとりの女性。
私には知る術もない彼女の人生。
大勢の人いきれがあいまいにしていた夕刻のやるせなさが思い出された。
さっきの黄色いTシャツの子供がやって来て私の隣に座り、息を弾ませながら足をぶらぶらさせ、こっちを見ている。
「ほんとに、可愛い坊ちゃんですね」
私の子供と勘違いしたのか、彼女はそう言って笑った。私はとっさになんと言って答えたらいいのかがわからずに、笑ってうなずいた。
窓口に座っていた駅係員の女性が、列車到着予告のアナウンスを流す。人々がざわめく。ホームに溢れるカラフルに記号化された人々。
私はこの老女が、たくさんの人々の中に混じって、列車の座席に座る事ができるだろうかと心配になった。
列車が到着する。人々が列車に吸い込まれていく。けれど老女の足は、その流れとは逆に待合室へと向かっていた。
私は行列の最後尾に並び、後ろを振り返りのろのろと歩きながら、彼女の姿を探した。
彼女はいた。待合室のプラットホームに向いておかれたベンチにたったひとり、きちんとひざをそろえて座っていた。そして私と彼女との世界を分ける小さな改札。
こちらか見ると、その姿は何かを待っているかのように見える。列車は彼女を、彼女を待つ人のところへは連れて行きはしないのだ。彼女はいつからこの駅にいたのだろうか。そして、いつまでたたずんでいるのだろうか…
一気に彼女の生活、感情が、竜巻のように私の周りを包む。一瞬、私は彼女の気持ちがわかるような錯覚を覚えた。
私はゆっくりと彼女に向かって頭を下げた。けれど彼女の瞳は遠くを見ていて、私を捕らえることはなかった。
観光客で満員の列車は、それぞれの家を目指して走り出す。列車が作り出す風を、彼女はとてもまぶしそうに見ていた。
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