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1.遠方より友きたる
2000年4月17日午後4時。
我が家に一本の電話が入った。受けたのは12歳の我がムスコP。Pの様子が少し変だ。
なにが変かというと、しきりに「いえす、いえす…」と言っているのだ。あせっているムスコ、その鼻の頭はうっすら汗をかいている!
とうとう来たんだね…
わたしは全てを了解し、受話器をひったくると用意しておいた台詞を言った。
「はろぉ〜じょん、でぃすいず、ミツコ! うぇるかむとぅー、じゃぱーん!!」
ジョンとわたしは1997年7月、シンガポール、ベンクーレン・ストリートのゲストハウスで出逢った。しかも2回も、である。
その時の旅行は、シンガポールをゲートウェイにしていた。わたしが到着後すぐと出発直前に滞在したゴーズ・ホームステイに、ジョンは長期滞在しながら英会話スクールの講師をしていたのだ。
わたしの旅の最終日、わたし達は再会を祝し、そして別れを惜しむためにディスコに繰り出した。
んで、例によって調子に乗ったわたしは朝の4時までジョンを引っ張りまわし、大酒を飲んで遊んだのだ! やっていることは今もムカシも、ニッポンでもどこでも同じなのでである…反省…。
その2時間後、わたしは機上の人となりナリタに向かった。けれど疲労と寝不足のせいで、機内で熟睡してしまい、大切な機内食をのがしてしまうという失態!をさらすことになるのだが…。
(シンガポール、詳しくは「亜細亜日記・シンガポール」編をどうぞ!)
2.トーキョーの安宿
次の日、わたしはJRでイケブクロに向かった。
ジョンにトーキョーを案内するために、だ。彼はイケブクロの「キミ・リョカン」に泊まっているのだそうだ。
場所を確認するために電話したら、いきなり「May I help you?」ときた。これはこれは心強い! 外国人なら誰でもほっと胸をなでおろす瞬間であろう。ま、わたしにはカンケーないことだが…。
スタッフいわく、イケブクロ・ニシグチ交番にチラシが置いてあるから、それを見て来いとのコト(もちろんニホン語での説明だぃ!)。少しわかりにくい場所にあるらしい。
ユース・ホステルに泊まるといっていたジョン。しかし、ユースは満室だったそうだ。
わたしもかつて、安くトーキョー泊まりたくて予約を入れるために、ユースに電話したことがある。だが、20回ぐらい呼び出し音を鳴らしても誰もでなかった。それも一回や2回じゃない。
これはいったいどういうことなのだろうか?
わたしが出した結論は、「何かとてつも無く強力なコネが無い限り、エクスペンシブ・シティー・トーキョーの安宿!には泊まれない仕組みになっている」である。
(しかし、その時にわたしは女性フロアのあるカプセルホテル!3000円弱を開拓し、ピンチを切り抜けたのだ!エライ!!自我自賛!)
キミ・リョカンは、エー語版「地球の歩き方」とでもいおうか、西洋人旅行者御用達であるロンリープラネット社のガイドブックに紹介されていて、トーキョーに滞在している外国人旅行者の間ではカナリ有名らしい。シングル¥4500也。
地図を頼りに歩いて5分、キミ・リョカンが近いことを意味するかのように、コンビニのわしゃわしゃ袋をさげた西洋人の姿がちらほらと…。あ、この人達のあとにくっついて行っちゃおーっと。やっぱりねー。無事キミ・リョカンに到着!
小料理屋か?と思わせる玄関周り。がらがらってカンジの引き戸の上には、のれんがかかっている。オー、イエース、ジャパニーズ・スタイル!! きょろきょろするわたし。
玄関内部のたたきには、やたらとでかい靴がこれでもか!と置いてある。
フロントは壁が繰り抜かれていて切符売り場みたいだな。ジョンを呼んでもらう。ロビーで待てとスタッフ。
驚いたことにスタッフはニッポン人ではなかった。彼らが話してる言葉から推測するに、たぶんチャイニーズではないだろうか。経営者一家なのか、パート・タイマーなのかわからないけど、まるでアジアのどこかの国のようだ、いいじゃないか、いいじゃないか!(だから、ニッポンもアジアだってば…)
ロビーは小さなカウンターテーブルと、階段状になった居酒屋風?リビングのスペースとがある。
カウンターには3人の白人旅行者が、コンビニで買ったらしいナニかをむしゃむしゃ食べている。リビング部にはTVがあってドラマの再放送が流れているが、誰も見ていない。
そりゃそうだろう。彼らは言葉がわからないに違いない。迷い、驚くことを楽しむためにトーキョーに滞在してるのだから! ちなみに言葉がわからない者にとって、一番楽しいTV放送はCMである。わたしはそうだった。
わたしはぼんやりTV画面を眺めながらジョンを待ったが、少し心配になった。ジョンの顔を実ははっきり覚えていないのだ! 大男だということ以外…。
トーキョーの安宿情報
*女性専用フロアのあるカプセルホテル*
ホテル浅草&カプセル
カプセル¥2800・ビジネス・ルーム¥5000(1998年現在)
東京都台東区寿4−14−9(地下鉄銀座線・田原町下車)
Tel:03−3847−4477
*キミ・リョカン*
貴美旅館
シングル¥4500・二人部屋¥6500・7500(2000年4月現在)
東京都豊島区池袋2−36−8(池袋駅西口下車)
Tel:03−3971−3766
ニュー紅陽
シングル¥2500・2700(2000年4月現在)
東京都台東区ニホンヅツミ2−26−13(地下鉄日比谷線・三ノ輪駅下車)
Tel:03−3873−0343
www.newkoyo.com
3.アメリカ人バックパッカー・ジョン
待つこと5分。ジョンらしいオトコがやって来た。
この人がジョンだろうか? ちょっと身構える。なぜなら人違いをした時に弁解する、とっさのエーゴを、わたしは知らないからだ。トホホであるが、あせりは禁物。様子を見よう…。
「ロング・タイム・ノー・シー・ミツコ!」
彼はわたしの顔を見るなりそう言って、両手を広げた。
うん、まちがいなし! この人はジョンだ。わたしたちはしっかと抱擁し、再会を喜んだ。
「うえるかむ・とぅー・じゃぱーん!」(こればっかりだ)
わたしたちは、お互いの近況などなどを話ながらキミ・リョカンを後にした。
ジョンは182センチと背が高く、歩き回ることを予想していたわたしは、足の疲れ及び指の痛みの防止のために、ぺったんこのビーサンをはいている(わたしの足は、靴をはくようにはできていない…)。身長差は20センチ。
慣れないエーゴを少しでも理解しようと、顔の表情をうかがっているので、首が非常につかれる。しかも圧倒的な歩幅の差だ…。
今日1日、果たしてわたしは耐えることができるのだろうか? 不安がよぎる。わたしは、大変虚弱である。
このままでは、ジョンのしゃべりに気を取られて、シンジュクか、あるいはシブヤあたりまで歩いてしまいそうだ。
なにしろ相手は強靭なアメリカ合衆国人?バックパッカーである。雪のチベットをヒッチで切り抜けたという、かつての彼のエピソードを思い出す。今日1日で山手線一周歩く、なんて言い出しかねない、くわばらくわばら。なんとかそれは、阻止ししなければ…。わたしは恐る恐る尋ねた。
「ジョン、どこにいきたいの?」
「トーブ、デパートメントストア」
なにー、でぱーとめんとすとあ? わたしは拍子抜けした。デパート…そこはわたし達(?)貧乏旅行者にとってもっとも縁の薄いところだ。
モノはいっぱいあるのに、欲しいモノがなにひとつ無い。そんでもって高額。それがわたしのデパートというものの定義である。
「デパートでなにするのよ?」
「フリ−・フーズがあるっていうじゃないか! もうすぐ昼だよ、ランチにしよう、ミツコ!」
彼はウィンクしながら言った。地下食料品売り場の試食のことを言っているのだ! さすがである!!
つづく・・・
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