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天竺、と呼ばれていた昔から
インドはどどーんとわたしたちの前に横たわっている
「世界の首都」と称す人あり
「孫の代まで行かせない」と言う人あり
大好きになるか大嫌いになるか
どっちかしかないらしい、インド、、、
インドに行こう!
どんなに迷っても
飛行機の予約さえ入れてしまえば
こっちのもんだ!
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【19】
■ 2001年3月28日(水)曇、インド帰国後22日後 ■
●ニッポン人大学生カエル
さて
フランコン・ゲストハウスの
ザ・セカンド・ジャパニーズについて
書く時がやってきた
彼は
ムンバイーから陸路を
スリーパーバスに乗ってやって来た
わたしが渡した
フランコンのアドレスを片手に・・・
わたしは彼に飛行機の中でなんぱされた
(それはどうかと思う・・・)
その日のエア・インディアのニッポン人乗客は
彼、わたし、ヨーロッパへ乗り継ぐもう一人を除いて
みんなデリーで
降りてしまった!(サミシイ・・・)
ところで
ムンバイー・サハール空港と市内は
とても遠い!
市街地からインド一遠い?国際空港だ
約30キロ?1時間??350ルピー???
のところにある(推定)
タクシーを使うとインドにあるまじき
出費になるのである
若者の旅行の正しい姿!として
彼はタクシーをシェアする人物を
機内で探していたのだ
感心、感心!!
「ムンバイーに滞在しますか?」
こんなような意味の言葉が
彼の第一声だった
わたしは目的地がゴアであることを説明し
ムンバイーの空港で別れる時に
フランコン・ゲストハウスの住所を教えた
もし、気が向いたら
訪ねてくれば、と・・・
そして彼はインドへと入国し
わたしはトランジットのために
空港に残った
そして
次の日か、そのまた次の日当たりに
(このあたり定かでない・・)
彼はフランコンの
ニ番目のニッポン人になった
彼の名前はカオル
カオル、なのであるが
彼はべナウリムにいる間中
名前を覚えてもらえなかった!
ニッポン人の名前は
異国の方々にとって
聞きなれないものが多い
わたしの本名、ミツコも
人によってはまったく発音できないことがある
「ツ」がどうやら曲者らしいと
気付いたわたしは
そんな舌の短い?かたのために
ミコ
場合によっては
ミーコー
と言う簡単な名前を用意している
どうだ!
親切だろう!!!
なぜならば
名前は覚えてもらいたい!
じゃないと
ジャパン
ジャパニーズ
ジャパーニー
ヤパン
アジノモト
オシン(古い!)
ドラエモン
コギャル(!)
などなどと呼ばれてしまうからだ
いいんですけどー
名前なんて記号のようなものだと
普段からそう思っている私は
なんと呼ばれても
まあ、いいんですけどもー
けれども道端などで
ニッポン人!
あるいは
韓国人!中国人!香港人!台湾人!ネパール人!
と呼ばれると
ムキになり
たぶんそうであろう相手の国籍を叫んでしまうのは
なぜ??
ちなみに
わたしの友人は
ジャパニーズ!を無視していたら
最終的にハワイアン!にまでなったそうだ
さてさて
とにかくカオルは名前を覚えてもらえない
カオルには内緒だが!
ダグラスも
「えーと、ゴメン!彼の名前なんだっけ?」
とこっそりわたしに
10回ぐらい聞いていた
そして結局
「キャール」
に落ち着いた
カオルと仲良くなって
彼の予定の何から何まで?熟知している??
ロドゲスですら
「カエル〜!」
と呼び続けた
#スリーパーバス=寝台車状態のバス
なかなか寝心地は悪い!
とはカエル談

「カエル(右)とダグラス(左)、マルガオのネットカフェにて」
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