私が16才の時から好きな音楽で、主にスペイン語圏南アメリカの民族音楽です。国でいいますと、Argentina,Chile,
Bolivia,Peru,Equador,Paraguay...です。
この音楽の歴史はまた深いものがありますが、純粋な伝承音楽から民謡、創作民謡、ポップス、メッセージソングからアジテートソングまでの広がり
と深さ、多様性と一貫性に、当時日本で耳にするポップス、フォークよりも強く惹き付けられました。「コンドルは飛んでいく」が入り口ではありますが、最初
に買ったレコードは、
CANTO DE PUEBLOS ANDINOS / INTI ILLIMANI / 東芝EMI
です。チリのnueva cancionのグループによる、アンデスものの大変洗練された演奏です。
笛ものやアンデスものも好きですが、このころ感銘を受けたのは、
EL HOMBRE EL PAISAJE Y SU CANCION / ATAHUALPA YUPANQUI / RCA
A QUE FLOREZCA MI PUEBLO / MERCEDES SOSA / EMI
でした。この二人は巨匠というより、巨人です。また、Chileをはじめ、nueva cancionに結構傾倒していました。
大学時代、ボリビアのLOS KJARKASが来日して、斬新な演奏スタイルで、ちょっとしたブームでした。私は彼等のメッセージが好きでした。当時私と一緒に演奏をしていた妹と従姉 妹はほとんど追っかけをしてました。Gonzaloと故Ulisesを楽屋に訪ねて話したこともあります。
演奏は大したことはないですが、`84-86川俣コスキンに"Canto Azul"と"Altiplanos"というグループで出場しました。パートはギターとチャランゴでした。ボンボ、チャフチャス、いくつかのビエントス、 10弦4コースのティプレもどきがまだ手許にあります。
就職したころはちょうどメディアがCDに切り替わり、ほとんどソースが入ってこなかったですが、次第に復刻盤CDや輸入CDが増えて喜んでいま す。VICTOR JARAのチリ盤CDを聴いた時は感銘とともに、この音源がどういった経路をめぐってきたのか思いめぐらせました。
'92にユパンキが亡くなりました。私は生前の彼に会うことはできませんでしたが、彼はアルゼンチンの宮沢賢治のような人だと思っています。
好きな曲はいっぱいありますが、自分が苦しい時に救われた曲がたくさんあります。
EL POETA / ATAHUALPA YUPANQUI 高校から浪人の頃、自分の進む道を考えた
TODO CAMBIA / MERCEDES SOSA 大学卒業前、そして今現在
ZAMBA DE MI ESPERANZA / LOS
CHALCHALEROS 岩手にいるころ ...
「アンデスの家ボリビア」福岡稔 /日本でのボリビア音楽の父
ロス・デル・セキ ヤ /日本でのアルゼンチンフォルクローレの大兄
INTI ILLIMANI /english
VICTOR JARA /spanish
DIC資 料館 /日本語の情報、リンク集
ANDEAN LINKS /spanish
ラ ティーナ /日本の音楽雑誌老舗、通販もあり
オーマガトキ /ソーサのCDを国内販売してくれているレーベル