深沢晟男
今私自身の指標として、深沢の「やりのこし」が大変気になっている。深沢の倫理とも呼べる思想の根本は「自律性」と読み直すことができると考えている。
再度知己に話を聴こうと思い、先日沢内を訪れた。
沢内村の偉業は歴史の彼方に埋葬されたかと思っていたが、最近及川和男氏の『村長ありき』が復刻された。『「あきらめ」を「希望」に変えた男』/日経ビ
ジネス人文庫である。これは照井富太氏にいただいた。出版者の卓見に感謝する。
ところで、私が在村時に格闘していたのは一体何だったのだろう。臨床では端的に「ヘルシズム」と言える。しかし、日々ムラの友人達が格闘してい
たのは、深沢の業績を消し去ろうとする村の動きではなかったか。それはもの言わぬムラ人の声、初めて見えた「自分たち」を抹消する、どこにでもあるような
政治のもの言いだった。
今となって、深沢死後の反面教師を見ることで、更めて深沢の業績のスゴさが見える。しかし今コトバにしておきたいのはその大もとの深沢の倫理だ。
`01.12.11
ランプの暮らし
今News23で静岡でランプの暮らしをしている家族のルポを見た。まず、私らより若い世代が自然に電気のない暮らしを始めたことに敬服した。
やってみたらできると。次に冒頭で市井の人が「子どもも小さいのにかわいそう」と言ったのが引っかかる。その言説は何なんだろう。大きなお世話だ。奥さん
のコメントで、近所から奇異に見られたということもどこか大変共感できた。
反文明でなく、つまり脱-文明でなく非-文明。プラグを抜くということ。ガンディーのチャルカ(糸車)も反近代でなく非近代でとらえたい。脱学校でなく
非教育というのとパラレルだ。
プラグを抜いてみたら、常識がひっくり返った、いろんなものが聴こえ、視え、感じるようになったという。素敵な話だった。
`01.11.12
食べ物
牛肉ってガキの頃は食べた覚えが無い。そんでもって牛肉が無くても今の所寂しくもない。
工場で作られた食品ってのもあまり食指が動かないな〜。でも毎日適当にいただいて生きている。
ところで、余剰といわれるコメをタイ米のように輸出したらと思うけど、できないのは単なる市場原理か。外国にスシバーなどいっぱいあるらしいが。
岩手の雫石の農家でやった収穫祭が懐かしい。山ぶどう酒や芋の子汁が恋しい。月並だけど、贅沢な食べ物だったと今思う。
`01.11.4
多様性
学校(のようなものを含めたその本質)を拒否する子ども達からつきつけられたことは、多様な在りようを認めるかどうかということだった。それに
はこっちも古い観念からの脱皮を余儀なくされる。増田進の言った「対話」の本質は患者を前に医者自身が変わっていくことだった。これらを自分で整理するた
めにこのサイトを作った。
個人、家庭という最小の産業ユニットから国際社会まで「多様性」は時代のキーワードだと思う。市場主義社会/産業社会はグローバルスタンダード同様、絶
対ではない。それをどう転換inversionしていくか。いまNPOが産生するディスクールに注目。
`01.10.7
田舎vs都会
私の青春時代の70年代以降ダサイとかイモとか田舎バッシング全盛だった。とても不快だった。90年代になって「シブイ」のがもてはやされ少し変わっ
た。でも田舎をバカにする傾向ってまだあるよね〜。
「日本に都会ってあるんケ??
皆田舎モンだし、いたるとこがのべつまくなしムラ社会だっぺよ」ってのが私の持論。田舎をバカにするのはもういいかげんやめましょうよ。それより自分自身
の質を問いましょう。
`01.10.1
暴力
NYCのニュースは第1報からTVで見た。最初に、映画『ガンディー』でネールがジンナに「テロリズムは圧政を正当化するだけだ」と言う場面を思い出し
た。
再びガンディーを読む。
`01.9.17
依存(症)
なんでも屋の田舎医者はアルコール症とも関わらざるを得ないことがある。気付きとか(断酒の)動機づけがない限りは出口が見えない。辛い。なんだ、いろ
んな世の中の「諸問題」と同じ構造だ。
`01.9.5
沈黙
『沈黙の雄弁』というイリイチの論文があったが、沈黙せざるを得ない場面もある。言葉の本質は暴力である。
増田進の「対話」と"マハトマ"ガンディーの"Non-violence is a violence"をどう整理し直すか、ずっと考えている。
`01.8.5
学ぶ自律性
教育(-サービス制度、システム、消費)と学ぶ自律性(行為)を全く区別できない人が大多数である。愕然とする。医療の世界でのこもごもや、働
く/労働ということ、男と女/婚姻ということも全く同じ地平で地盤が変動しているのに。学校化が根源的独占のもとにそういうものをすべて網羅して再生産し
てきたことも根本にある。人々が気付かないまでに根源的に浸透している。
'01.7.20
あるがまま
井上陽水のUNITED
COVERは楽しい。発売当日かみさんに頼まれて買って帰った。ファニーなアルバムと思ったら、聴いてびっくり、ラストの『手引きのようなもの』は私に
とって最も今日的なメッセージだ。そしてまた聴きかえすと全体でつぶやいている。名盤だと思う。日本のアーティストや音楽シーンを見直した。
坂崎幸之助さんのFM Nack5の番組"K's
transmission"は毎週聴いている。60'sのメッセージものが今になって放送で聴けるようになった。ありがたいことだ。さらにフォークの流れ
がストリートなどで新展開しているのは素敵だと思う。日本の音楽シーンもアングロアメリカのコピーでなく、フュージョンとして長い年月かけて変容していく
のだろう。でも、ニッポン人としてのアイデンティティーはすご〜く希薄。その点沖縄ってフォルクローレがあるみたい。
'01.6.10
人のため
少し前テレビをちらっと見ていたら、NHKかなんかで10代の人達が討論していた。医者になって人のためになりたいという真面目な人のエリート
指向を他の人が突っ込んでいた。今どきの若いモンは大したものだ。するどい。私は「専門家や専門的制度そのものが有害になっちまったという論点は30年も
前にあったんだよ」とテレビに向かって言いたかった。今どき人のために何かするというのは大変難しい。人のためのはずのシステムが決定的に破綻している。
その危うさがようやく見えるようになったということか。「人のため」はもはや錦の御旗ではない。私が今まで国際協力に距離を置いていた理由でもある。
それでも、今どきの若いモンはその先を考えている。今どきのオジサンも年寄りもしっかりしよう、と思った。
'01.6.10
お疲れモード
特別厭なことも最近は無いが、力が出ない。疲れている。
力の出ない地域医療業界で一人気をはく鎌田實先生の『命があぶない 医療があぶない』は興味深い。増田先生の家で初めて読んだが、手許にも買っ
た。若月さん早川さん増田さんとの対談の細かい所が『月刊ケア』に掲載されたものとなぜかそれぞれ違っているところが大変おもしろく読める。このサイトと
平行して読んでみるとさらにおもしろいと思う。対談での読みやコトバの使い方の、微妙だけれど決定的な違いがお解りいただけるだろうか?。鎌田先生の『が
んばらない』も発売当初取り寄せて拝読したが、先生がんばってるじゃんと思った(そこが次の転換点だと思う)。これ売れてるらしい。時代は回っている。で
ももう一回りしたいなあ。
'01.5.25
21世紀
新世紀に特別なイベントもなかったせいか、特別な感慨は無く、淡々と日常を過ごしている。
少し疲れが蓄積してきたのが怖い。今年はリフレッシュしたい。
2001.2.9
カウンセリングを疑う
癒しとかいう曖昧なコトバが流行っている、世紀末。カウンセリング(-マインド)などと業界さんが濫用するが、なんか怪しいぞ〜っと。臨床心理士の友人
もいるが、カウンセリングもピンキリで、何でもあり状態!。気をつけよ。
一言。人の告白を聴くこと、心を覗くことは大変な権力構造である。医師には秘守義務というのが医師法で定められている。カウンセリングにあってはそれ以
上に警戒すべき。術者は常に自戒せよ。顧客の人権は何より保護されねばならぬ。
'00.11.7
スタジオジブリもの 〜反産業化〜
`70年代のオイルショックの後、産業的な生活、生産、消費様式を反省する論調(ディスクール)が世界的に出た。「未来少年コナン」から「風の
谷のナウシカ」の路線は大変解りやすい。「もののけ姫」も世界的にヒットし、同じ伏線がある。それじゃあどうするのという結末が「ともに生きよう」という
のは私には大変軽薄で空々しく思える。
ブラス!〜フルモンティ
映画で国を語るのもおこがましいが、イギリスという国、いずれ日本もこうなるぞ〜と思わせる。いや、イギリスのほうがまだマシという意見もある。
映画の向こう側に見える思想がちゃんと物語っている。
いろんな映画は実に時代の転換を表現していますね。
10.30
語る行為
世に溢れる卑しい教育的ディスクールの本やセルフヘルプもの、時代錯誤の父権的もの言い。それらについてもの言う気もしないが、一言だけ書いておく。
東北では「言う」という行為をシャベル、イウ、カタルと言い分ける。「カタル」とは「ホラを吹く」「ひとをだます」に近いニュアンスだ。それらの感想を
沢内弁で言うと「なんとこったらにかたってらことよー」となる。茨城弁や信州弁では該当するコトバは無い。
今の私はカタりたくない。やみくもにカタる在り方が不快。誰かとシャベりたいけれどもカタる気はない。何のリアリティーもないカタリはかたりだ。
また、ほとんどの言い回しが「今時の若いもん」という陳腐な僻みで満ちていることは笑止千万。
10.20
農民-農村というディスクール(言い回し)
NHKの30年位前のルポものがテレビで再放送されるのを観ると、農民という言い回しをやたら聴く。すっかり廃れたコトバだ。農業者の友人も多
いが、「私は農民です」と言う御人には出くわしたことはない。これは都会のインテリ(これも死語)用語で、その昔の政治の臭い。かの有名な佐久病院(若月
元院長)の「農民とともに」(その昔は「農民のために」)も全き同根。私には「おら百姓してら」とか「百姓もやってんだよ」という友人は沢山いる。
農村というのがかなり危うくなっていて、農民というディスクールが死滅して、でもなお百姓という在り方(プラチック)は在り続けているということ。同時
に労働というディスクールも変容、転換している。
宮沢賢治が百姓にも農民にもなり得なかった悲しい歴史的現実の分かれ道が今この点に在る。
8.7
宮沢賢治とマハトマ=ガンディー小考
この2人を社会主義思想の影響とスノビズムから横断的に論じたらどうなるか?
やや同時代の2偉人は20世紀初頭にあって聖人たろうとした。そして、イリイチ、フーコーが格闘した70年代、時代の構図は変わったのだろうか??。そ
して今、スノビズムをどう超克していくか??...。
7.28
非スノビズム
スノビズム(俗物主義)が50~70年代の倫理的流行だと「オヤジの映画の部屋」で書きました。社会主義リアリズムという思想的流行がその基礎だったの
でしょう。
私が学生だった70年代後半以降もそういう風潮はあって、何と言いますか、貧乏自慢とでもいうような習わしがあり、貧乏な私も好きではなかった
です。また、忙しさ自慢というのも同根で不毛です。働き蟻の悲しい習癖で、まことに恥ずべき行為と思います。人を尊敬するかどうかは、その人の年齢や貧乏
さや忙しさとは無縁で、思考と行為で決まります。まあ何事も自慢というのはよろしくないということです。
7.22
IDECフリースクール世界大会
初日の国際非暴力研究所所長アルム
ガンディー(モハンダス"マハトマ"ガンディーの孫)さんの講演のみ聴いてきた。彼自身はオルタネイティブとしてのホリスティック教育のスポークスマンと
いう印象だった。新たに、マハトマの言葉からNon-violence
is a violenceとか、less vilenceという考えを知る。講演後大した質問が出ないので一発口頭質問してみた。
My question to Mr. Arum Gandhi at the lecture in IDEC2000:
Thank you Mr. Gandhi, for your talk about personal way of life
of Non-violence. Now I need a strategy, strategy to defend my sons and
my wife from the violence...as you say...
"physical violence and non-physical" -said Mr. Gandhi,
yes,such violences of school and the education. So, would you talk
something about strategies,sir?
答えは案の定アジア的対外辞礼的なものだったが、終了後WASP系の御人(お名前は失念)が自分も同じ質問をしたかったと話しかけてきた。彼の答えは
Magic
handの様だと不満げであった。私は的確な返答ができずしばし考えてしまった。
I was very inspired from the writings of Mahatoma. I think the shool
and education are the cultural imperialism. Mahatoma fought against the
British empire with non-violence, and now we must fight against that.
So
I must find by myself some strategy, now. I have great anger against
school
teachers, schools in Japan and the education system. But I'm not going
to take revenge against them.
というようなことを喋ったがどれだけ通じたか?もっと話したかった。
象徴暴力とそれを裏支えする大衆のメンタリティにどう自分を位置付けしていくか。それが私のStrategyとして切実な課題なのだ。
IDEC2000 HP
7.15
ごえもん風呂とかまど
三和の古い家も補修が済んで、一応泊れるようになった。薪で焚く風呂とかまどは自分で全部修理した。以前雪で壊れていた煙突を全部直して、風呂
は水漏れしたのでタイル目地を直した。かまどは携帯用かまどの縁を付けて、とても便利になった。またケシズミを七輪で使うのも便利。
どちらも思ったほど実用に手間はかからず、むしろ便利なのには驚いた。
7.3
非ヒロイズム
ある人との対話からふと再考してみたら、私にとって『風に立つライオン』は思い出、憧れであって、客観化すると、医者としての存立心性と言え
る。己のヒロイズムには常に警戒しなければならない。その点はかねてからかく心してきたつもりだ。ただ沢内当時の言説を見ると、今となっては生硬なヒロイ
ズムの臭いがなくもない。それは超えていくばかりだ。
自分の足元が見えるか否かというのはそのへんがわかれ道なのかもしれない。
ついでに、この曲のバタ臭さ、力みが疲れる。 もうしばらく聴かないだろう。
6.6
真っ白いご飯
田植えの季節だ。最近白米のご飯が重く感じ、雑食で雑穀も食べる。日本人の白米嗜好は宗教に近い文化だったと思うが、相当崩壊してはいるのだろ
う。でも直火で炊いた飯ごうやお釜のご飯はすごく美味しい。またインディカ米は料理次第で大変美味しく、不当におとしめるべきでない。
沢内では藤原長作翁という水稲王がいらしたが、その偉業は別として、確実に不作の来る寒冷地でも稲作に固執する日本人って何だと考える。
若い篤農家など複数に聴いた話では、稲作が手間がかからないからとのことだった。農業のことは不勉強だけれど、いろいろ対話から学ばせてもらうのは面白
い。
5.4
『風に立つライオン』再び
私はさだまさしのこの歌だけは思い入れがあって、当HP
沢内での書きものに
あるとうりですが、最近、当時をもう一回り客観化できるところに来たと思います。今どきいかに無私でいられるか...怒りと憤りと焦りを超えていけるか、
あらゆる場面で日々実は思っているのです。そういえば、「清貧という思想」という文章があったと記憶してますが、誰だったか忘れました。
4.7
「どうしてこんなになるまで...」
先日ある30年程昔の邦画のビデオを観ていて、医者が患者に「どうしてこんなになるまで放っておいたのですか?」と言う台詞があった。怪訝かつ憮然と
言って放つ。強烈なキメ台詞だ。
しかし、学生時代以降、私はこの台詞を現実に聞いたり、まして使ったことは皆無である。恐らく前時代の感染症全盛期には通用していた業界用語な
んだろう。少なくとも、医療の世界では、こういう言い回し(ディスクール的プラチック)は廃れてしまっている訳だ。全く自己弁護的で責任の所在を最初から
転嫁するこういう言い回しは、悪役レスラー顔負けの卑劣な反則行為であると自戒しよう。
3.1
夕焼けの詩
2000年の初め、これも久しぶりに西岸良平の漫画をひっぱり出して単行本全刊読んだ。
10数年前にレトロブームは萌芽していた。これはアナクロニズムでなく史料として面白い。
昭和30年代の家庭は化石燃料にとって代っていない。炭や練炭が市中でも商われていた。そしてそれらがどう廃れていったかが描かれている。恐らく私らがそ
れを記憶する最後の世代だろう。
田舎で茅葺きが廃れていったのも燃料の変化によるところが大きいと思う。同時に田園の風景も変わった。今見るに忍びない故郷の平地林も同じ。
「昔は良かった〜」「なつかし〜」はただそれだけか、下手をすると「今時の若いもん...」といういわれの無いひがみに転嫁される。そう言う前に自分の
足元を見ること。
2000.1.14
炭焼き
最近よく民家修復の現場で焚き火をする。薮開きや茅下ろしがあったのでやるしかなかった。大量の枝葉などを大穴でただ燃やすのはちともったいない。焼芋
や飯ごう、お釜でご飯炊きもやった。どれも簡単。
高枝を下ろしたものや間伐した木は薪にしているが、結構な量になる。近所の爺様と話していて、ドラム缶で炭焼きができると聴いた。少し勉強してみよう。
火鉢の灰も作ったので、木炭を買って何回か燃やした。何十年ぶりで木炭の臭いをかいだ。木炭はホームセンターで¥200/kg位。バーベキュー用が主な
需要のようだ。火起こしも五徳も売っている。でも薪や炭は買うものじゃなくて、作るか貰うかするものだと思う。
こんなことをして世期末の年の暮れを過ごした。
2000年 1月
詩人の鐘
日本語の歌にもたまにはびっくりするものもある。`89年にこの曲のオリジナルのCDを私は珍しく買って持っていたが、引越しの時に売りとばす
か人にあげてしまっていた。当時友人が結婚式のBGMで流した記憶はあったが、さして気にもとめず、ありきたりのメッセージソングと思っていた。
`99年11月頃車を運転ながらFM放送を聴いていたらハマショーが出演し、この曲の新バージョンが流れた。10年たった今、自分の経験と現実におい
て、これほどリアルタイムな詞はないと思った。オリジナルのCDを中古で買って毎日のように聴いている。
1999 12月