田舎医師芝崎一郎

とうちゃんの独り言 過去帳
鉄復活
 鉄道好きは20年以上前の国鉄民営化以降すっかり足を洗っていた。
 なんとなくここ数年国鉄モノの本などたまに買ってはいたし、自転車輪行では結構あちこち鉄道利用していた。
 先月の土曜の夕方、宇都宮で用事があるので、東北線1本で行くのもつまらないと、東武日光線(下りは初めて乗った)、JR日光線、ついでに烏山線も往復 してみ た。30年以上前に訪れた記憶などもう定かでなく、実に新鮮な景色だった。
 そういうようなわけで、ちょい鉄復活。最近どうも自分、やってることが幼児化、退行してるみたい・・・。まあいいか。
しかし、車両も列車も変わってしまったもんだ。大概のものごとはバブル以降、趣味や道楽のあり方から生活全般まで、がらり変わってしまった。そんなことを いう自分 はもう老境に入りつつあるということか。
'09 3.20
今年の目標
 1)スタンダードなアルゼンチンサンバをそつなく弾き語りできるようになりたい。
 2)やや難解なアルゼンチンサンバもさらっと弾き語りしたい。
 3)歌って踊れて愛嬌もあるボンビスタになりたい。
 4)エレアコベースでアンサンブル参加できるようになりたい。
以上、音楽について。仕事は
 1)本業のみで食っていけるようになりたい・・・
 2)産業医の講習会受講をできればこなしたい・・・
日常では
 1)このまま禁煙
 2)減量
今年はがんばろう。
'09 1.13
やりたい音楽
 先の水戸のお姉さまとの電話で、「Violeta Parraの"Gracias A La Vida"なんて若い頃はとてもやる気になれない、重すぎる曲だったけど、最近はさらっとやってみてもいいかと思えるようになったんだよねー」とお互い ぴったり共通意見だった。お姉さまはヴィオレッタが自死した年齢になったとか・・・。「人生よありがとう」・・・様々な人が歌ってきた。オリジナルのシ リージャ風は今聴いても重い。ソーサはやや仰々しい、タニア・リベルターはオリジナルを尊重した名唱だと思う。
 先日おじゃましたKさんご夫婦と初対面にもかかわらず数時間延々弾き歌いしたなかで、私のつたないギターで奥様がさらりと"Gracias A La Vida"をフルで歌ってくれた。自分には驚くべき経験だった。もちろんメインはZambas, Chacareras...ご夫婦とは音楽の嗜好がぴたりと合う貴重な出会いでした。
 ヴィオレッタはともかく、私(たち)の大好きなアルゼンチンフォルクローレを楽しくやりたい。
 最近和風アンデス(ボリビア?)音楽がちょっとしたブームと聞いた。自分は全然違うんだよねー。ボリビア音楽も大好きだけど、その奥深さと音楽文化への 敬意は福岡稔さんの薫陶を受けてきたと思う。
 もちろんPan-Latinoamericaな音楽もいろいろ大好きでやりたいです。
08 11.30
近況
 ずっと家で過ごしていた子どもたちが今年夏頃から一気に動きだし、 少し身の回りの空気が動いてきた。そんな風の吹き回しでか、自分のなか でずっと冬眠状態だった音楽が目覚めたらしい。とにかく好きな音楽は何でもやりたい。そんな心境です。
 そんなことを30年来旧知の水戸の某お姉さまと久々の電話で話したら、「いつまでできるかわからないから、やりたいことの最優先でわたしは音楽をやりた い」と仰っていた。なるほど。自分は他の道楽はどれも一人でもできる、音楽だけは一人でできない(一人ではあまりおもしろくない)。(後日お姉さまたちの ユニットのライブに行ってステージで少 しワンカラ(ボリビアのドラム)叩かせてもらった。久しぶりのアンサンブル参加、楽しかった。感謝。)
 そう思いながら20年以上ぶりに "ボリビア音楽の父/日本フォルクローレの草分け" 福岡稔さんを訪れた。半日の営業時間の殆どを2人で話し込み、大変に貴重な示唆をいただいた。20年、30年越しの "amistad" ありがたいことです。
 気のあった友と好きな音楽をやりたい、その瞬間を楽しみたい、Y nada más.
08 11.18
さようならGB250
 DT200WRの修理代にドナドナトナとなりました。廃 車して置いておこうかとも思いましたが、背に腹はかえられず、オフ好きの自分には別段こだわりもなく・・・。でも少しさびしい。通勤、往診等にも結構働い てくれました。一緒にツーリングしてくれた皆さんありがとう。
08 11.3
川俣コスキン祭出場
 10/12のステージに立ってきました。22年ぶり。内容はメロメロ(泣)。
 ステージに上がるなり指は固まるし、歌詞カード用意しても間違えるし・・・。やはり川俣のステージは侮れない。
cosquin08
 リハーサルもPA調整もないぶっつけ本番なのに、一定レベルの演奏をしている皆さんは大したものだとあらためて思う。
 川俣流フォールクローレ(日式アンデス音楽?)には思うところもあるけど、まあ何でもアリでいいかも。以前のほうがハチャメチャで楽しい人達が多かった 気もする。そういう中からプロになった人も多々あるし、本場で活躍するアーティストまで輩出しているのはすごい。
 ブランク期間もほぼ毎年様子は見に行ってたけれども、「この人達を聴きに行こう」という出場者はずっとなかった。近年例えば、「こぢんまりまとまってて もトヨタ・ニッサン的に平準化してる」とか、「内容が学芸会レベル」とか、「身内ウケ狙いの訳わからんグループ(-名)大嫌い」とか、いろいろ厳しい意見 は聞いている。でもこのマイナーな音楽が廃れずにやられているのが自分にはとても不思議。若い皆さんにはもっとブッ飛んで欲しい。あと聴く側からすると、 やたらと無駄に長い演奏は勘弁!!、聴かせどころは3分でビシッとキメて欲しい。
 自分は日本人愛好家がアチラの音楽をやることには気恥ずかしさがずっとあった。それで土着色の濃いものはあえてやってこなかったし、コピーもやらな(で きな)かったし。以前はアルゼンチンとかチリものと主にボリビアのアンデスものを(笛しかやらないというメンバーになんとか合わせて)選曲、自分達流でア レンジしていたわけ。アルゼンチンはコルドバのコスキンを名乗るからにはせめてアルゼンチンフォルクローレに敬意を持っていたい。
 ということで、今回は A. Zitarrosa の Zamba Por Vos (作者ウルグアイですが)とユパンキ作詞の Viene Clareando をやった。選曲理由はギターの運指が割と平易だったから・・・。別に自分はコチコチのアルゼンチン野郎ではないので、実は汎ラテンアメリカな音楽をイロイ ロやってみたい。マラカス振りたし、欲しい楽器も沢山あり。
08 10.13
エレアコベースほ すぃ
 最近のボリビア音楽は電気ベースを繁用するようになった。ファンの 間では賛否両論あろうが、私は楽器のバランスからして、ベースが入るの は歓迎(あまり電気臭い音はかんべんだけど)。隣国アルゼンチンやチリの音楽でも、北のいわゆるラテン音楽でもコントラバスはとっくの昔から使われてきた し、大好きだ。Inti-Illimani は`70年代からギタロンを使っていたし、少し前はエレアコベースも使っていた。ほとんどメジャーな音楽シーンでは見たことのないエレアコ、使ってみた い。でもはなわじゃないからソロは無理かな。
ボロいギターに変えたのは〜(チェリッシュ、古ッ)
 以前使っていたアリアのクラシックギターが逆反り気味で、とうの昔にフリーマで売ってしまったからです。拾い物のヤマハのG-85Dは 40年近く前の量産安物です。MTSチューニングを自分で試してみました。大分良くなったけど、サドル調整もう一歩。
http://www.minehara.com/tezukuri/annai.htm#mts

 ギターと言えば、タカミネのクラシックがほすぃ。ロゼットの薔薇模様がすごく色っぽい。
08 10.5
フォルクローレ熱 再発
 20年ぶりに音楽熱がぶりかえした。何をとち狂ったか、21年ぶりに川俣コスキンに出場申し込みをしてしまった(ソロで)。
 好きな音楽をやりたい。ただそれだけ。何年も前に知り合いのリサイクル屋で拾ったボロいギターをひっぱり出した。
 で、内容はというと・・・ああどうしよう・・・。
08 9.6
深沢晟 男のやり残しについて -緑蔭診療所訪問-
 一泊二日のとんぼ返りで増田進先生の緑蔭診療所(岩手県雫石町)を訪れてきました。予想どうりの場所設計で、順調な様子、安心しました。
 この場のオーナーの山崎さん夫妻とも2度目にお会いして、短時間でしたが、今回大変深い話ができました。お二人は北欧の福祉をはじめアフリカも含めた国 際的視野のあるプロデューサーです。素晴らしいパートナーだと思います。日本の社会/世間への違和感を北欧から見た時に、子どものころからの民主主義・平 等意識の有無を指摘されました。
 深沢のやり残しは「村の教育」と伝え聞いています。深沢が夭折する前に(乳児死亡ゼロ達成の次に)やり残したことはまさにこのことではないかと思うので す。「教育・イコール・学校」とか「社会・教育」とかいう「学校化」されたタームに変換してしまうと極端に矮小化されてしまう、今日となっては「教育」な んぞとは全く別次元の(社会)変革を目論んでいたと言えます。
 戦後民主主義のつかの間のあだ花というより、戦後民主化が中途で頓挫した半世紀越しのニッポンのやり残しとも言えます。故若月俊一先生が「日本にコミュ ニティーは無い、あるのはミニシパリティーのみ」と言っていたことにも通じます。
 深沢研究をされる諸兄、かの地の「深沢の子どもたち」、いかがか?。

 かねてより敬愛する深沢時代助役を勤められた佐々木吉男翁が鬼籍に入られました。ご冥福を。
 増田進先生、春の叙勲おめでとうございました。
08 7.22
セミパール再生
pearl
 久しぶりに手強いジャンクを再生した。欠品がファインダー・絞りレバー・シャッターボタン・距離目盛り。蛇腹はヨレヨレ。戦後型、レンズがHexer II f3.8、シャッターはDurax。
 まず蛇腹を秘技再生、シャッター、絞りをオーバーホール。欠品部品は自作して、ファインダーは手持ちのジャンク箱からオリンパスクロームシックスを探し 出して載せ替えた(ほぼポン付け、ラッキー!)。把っ手も革で作った。
08 6.25
製作仕事大好き
 GWは例年のごとく、おうちでマッタリ。大掃除と懸案だった同軸スリットバスレフのケシツボ六号と10cm用JSP箱の製作をした。最近 は縁あって久し ぶりにカメラ修理作業などもしている。自分にとっては黙々とモノ相手に製作仕事をするのは一番のストレス解消です。
08 5.27
最近聴いている音楽ソフト
 新ケシツボSPもエージングが進んで、Tang BandもSA/F80AMG もブリブリもの凄い低音が出てきて、8cmユニットの認識をあらたにした次第。さらにチューニング要!。
 最近聴いているお気に入りはアルゼンチン、チリ、ボリビアものでコントラバスやボンボ、カホン等低音楽器がめちゃくちゃ濃いものや、ブラジルのサンバで スルドが特に鋭いものなど。最近入手したCDではArgentina のAngela Irene の新旧のオムニバス、Chile (Inti-Illimani 旧メンバーEquador 出身)のMax Berru の"Intimo"などがマッタリとよろしうゴザイマす。
 夕食後台所の片隅でCD1枚ほどを聴くのが日々の楽しみです。
08 4.21
消し壷スピーカー(陶器エンクロージャー)第二弾
 3年ぶりに、新しくケシツボスピーカーを製作。
tubo4-5手 前が四号、奥が五号
 新作は第四号 4.3l バスレフ/Tang BandW3-582SB 8cm 欅ムクバッフル。ダクト周波数約80Hz。低域もケシツボ1号をしのぐ勢い。Tang Band は癖が少ない音で好み。
 第五号は同じ4.3l 壺を使ったJSP方式バスレフの試作箱 (壺)。8cmユニット汎用。バッフルは米松集成材、ダクト周波数は78Hzで設計、調整。
http://www.jsplab.jp/index.html
 これはバスレフポートの位相を合わせた設計で、聴いた感じひずみ感が少なく、低温の質・量とも普通のバスレフをしのぐ。低音楽器が分離して音程が追える のは小径ユニットにしては驚き。ユニットは手持ちのDIY AUDIO SA/F80AMG。さらに上品な音で(能率低いが)これも好き。手持ちユニットと素材なので、ほぼタダです。
08 3.19
人間主義
 網野先生との対話でもうひとつ、「人間主義」の話をした。人間主義 をいかに超えていくか、難しい。
 イリイチが人間主義を超えているのは元司祭だったからだろうかと先生は読んでおられた。
 自分はかなり根元のところで人間主義がしみついていると思った。それは以前書いた「左翼的なもの」とかなりリンクしているように思える。例えば社会主義 リアリズムのような人間主義が左翼的なものとは無縁であったにも関わらずにだ。
 私が人間主義で回想するのは、故若月俊一先生、そしてフィデル・カストロの演説がある。アタウアルパ・ユパンキはかなり人間主義的だが宮沢賢治はむしろ 信仰の人で、マハトマ・ガンディーは宗教を戦術に取り込もうとして失敗したと読んでいる。
 人間主義を消し去ると何が残るか?。かなり微妙な切開線だが、重要なポイントだ。
08 3.3
自由・自然・自律
 2年ほど前、私は開業前に池袋の網野皓之先生にお会いしに行って、長時間談笑し、最も多くのインスピレーションを貰いました。その中でま ず「自由」「自然」というキーワードを発見しました。更にお互い共通のタームとして「自律性」「コンビビアリティ」があり、今後の私の生活・仕事の自己技 術の方向を示す言葉に「ホスピタリティ」が使えると思っています。
 ただ「ホスピタリティ」は歓待とかサービス表象の次元の言葉としてすっかり定着してしまった感があり、これからのデザイン/経営の本質を戦術的に示すに はもっとこなれた用語はないものかと考えています。
 子ども達のことになると尚更切実です。まったくもって待ったなし、人ごとではないのです!。
 エルネスト・チェ・ゲバラの人格が今現在に存在したなら、一体どんな行動をするのだろうか?とあらぬことも考えます。
http://hospitality.jugem.jp/
 時折拝見しています。もはや山本タームを使わないと、様々な事象は説明できなくなってるでしょう。
SR400の思い出
  `05年に『モーターサイクルダイアリーズ』を観て、ノートン500レプリカにすっかり参ってしまい、シングルバイクを物色した。250クラスの現行車は ピンとこなくて、店頭の`95年式のSR400(ノーマル中古)に一目惚れしてしまった。
 何と言うか、佇まいと言うか、空気・・・。自分の「ポデロッサ号」はこれしかないと思った。たった半年のおつきあいだったが、通勤以外も久しぶりに結構 乗った。キックでドポポと乗り出す間合いとわずかな緊張感、適度なトルク感とパワー、笑って許せる振動、これはこれでイイと思った。
 映画のノートンはガーターフォークのリジッドフレームで、悪路対応で幅広ハンドルに改造してある。今で言えばトラッカー改というところ。SRは金もない ので、素で乗っていた。身近でダートに入ることも滅多ないだろうと思っていたが、やはりオフ車を乗り継いできた自分にはダートに突っ込んでいけないのは滅 法寂しい。ロードを乗っていてもあまりに平和なため、当時はいろいろ不満がつのり、結局車種整理で車検切れ前にGBのベース車とパーツの下取り交換に出し てしまった。
 GB250は全く別のバイクで、この個性も嫌いではないが、時々SRのゆったりしたドコドコ感が懐かしく思える。
08 2.1
増田進先生の緑蔭 診療所/岩手県雫石町
 皆様ご存知と思いますが、昨年岩手の増田先生が自由診療の診療所を 開業しました。一昨年開業準備中の現地を訪問しました。以後時々電話で 様子を伺っています。
 大変興味深い試みだと思います。かつて一緒に仕事した時から、先生の仕事の大部分は今のようないわば「オルタネイティブ医療」でしたから、まったくその 延長で違和感なく、潔いと思います。一方当時の自分はコンベンショナルな保健医療の部分をサポートしていたと自負しています。
 それにしても、保健医療の煩雑さ、官僚制には辟易していますが、今の自分の一般総合診療では完全自由診療に踏み切る勇気はありません。
 昨年中雪が来る前にバイクで訪問するつもりでしたが、時間がとれずできませんでした。今年は見学に行きたいものです。
http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20070823_13
http://news.tvi.jp/view_news/1/18482
http://iseki77.blog65.fc2.com/blog-entry-3161.html
http://blog.goo.ne.jp/good1949/e/b8a56301b309bb9a612cbc01b2e187ef
08 1.27

過去 20年

 過去20年考えてきたこと、今これからのキーワードくらいのものを書いておこうかと思っています。いずれまた。
普段乗りバイク
 クラブマンは休車。ポンコツのヤマハDT200WR `91を入手して2ヶ月かかってコツコツ乗れるようにした。
 今時2スト・・・白煙こそ吐かないが、ややこっぱずかしい。パイィ〜〜ン
200WR
レストア前、いろいろ漏れたりしてますが動く状態
07 12.6
開業一周年
はやいもので、無事開業一周年を迎えることができました。感謝。
日々新患のかたにもご来院いただいていますが、相変わらず地味な仕事をしています(貧乏です)。
このサイトの名称「田舎医師」について
当時私は田舎の公立診療所の勤務医でしたので、「田舎医者」が一般的なんですが、このゴロは田山花袋の『田舎教師』からもらいました。この 明治の小説は、当地近くの羽生が舞台です。内容はちょっと暗く、独身の青年教師が田舎で暮らし、おそらく結核で夭折する半生を淡々と描いています。当地の 風土も登場します。私の初志もまた、僻地医療とか地域医療を地道にやるということで、ずっとやってきましたので、「田舎医師」にしました。
現在は田舎の町場の貧乏医者といったところですが、故郷でもあることですし、このまま行きます。
07 10.16
NHK「その時歴 史が動いた」/深沢晟男(まさお)
今日放送があることは照井富太さんからの連絡で知っていた。
概ね及川和夫さんの秀作『村長ありき』『「あきらめ」を「希望」に変えた男』の範囲内の読みだと思う。もはや歴史物語になってしまった。
乳児死亡ゼロは大変な偉業だが、深沢の最終目標ではない。そこは後ろ向きの歴史として矮小化して読み替えてしまった感がある。
また生命行政は深沢単独の単純なトップダウンではなく、重要なキーパーソンが清吉さん(故人)はじめ、吉男さん、富太さん、ミヨさんはじめ保健婦諸姉、加 藤邦夫先生をはじめ沢山いる。その諸氏の発案と尽力を抜きには語れないはずだ。乳幼児を語るなら、岩手医大小児科の石川先生(故人の献身的な協力が一体何 十年あったか、誰も語らない!)を忘れてはいけない。村外にも、例えば平鹿病院の立身院長であるとか、県国保連であるとか、協力・共働者がたくさんいる。
スタジオの鎌田先生もNHKっぽく、コメンテーターとしては無難か?。尤も、村に直接たずさわった当事者は絶対スタジオ出演はしないだろうな・・・。
近年、村の友人等に言うのは、「深沢々々とただ持ち上げてもダメだよ。深沢以降誰が 何をやってきたか、ちゃんと見ろよ。深沢がやり残したこと、次にやろうとしたことを自分のこととして考えようよ。」というようなことだ。
村の旧友からいろいろお誘いもあったがもう少し考えさせてください。
07 9.19
草 太お兄ちゃんの バイク
 『北の国から』の北村の草太兄ちゃん(岩城滉一)の歴代のバイクは、
'80 TS(ハスラー)125 '84 KL250 '87 KLR250 '98 CT110ハンターカブ
まで確認。
 自分のはというと、ほぼパラレルに
'82 CB50S '83 XLX250R(以降原付除く) '90 DR250SH '95 XL250 DEGREE '98 SL230
DRだけは渡道し、麓郷の丘も走ったことがある。
それだけの話。またオフ車乗りたい。
07 8.8
沢内時代のこと
 以前増田先生と「公立病院(診療所)のオーナー」という話をしたこ とがある。
 実質は首長であり、役場幹部職員であり、住民代表の議員センセイ達でもあり、いわゆる「住民」でもある。
 雇われ院長はオーナーを選べない。本当は選ぶべきで、自分は今までそうした結果今の境遇にいる。
 多くの診療所医師が退職したり、「地域医療」が崩壊してきた本質はここにあると思う。
 にも拘らず、沢内の保健医療システムは最も良心的で、十分に無理のないシステムだったと思う。自分のいた4年間の様々な実績を参照されたい。
 公設民営が切り札などとはさらさら思っていない。税金使って独善に流れるおそれがある。民間手法ではなしえない仕事を徹底的に公的にやるべきだと思う。 ある田舎医者の大先達である開業の先生が、公設医療機関の必要性を擁護してくれたこともあった。
07 7.15
お仕事モーターサ イクル
 外回りのお仕事(介護認定審査会議、在宅往診、特養管理医の往診など)はほとんどが片道10kmオーバーなので、雨でなければオートバイ で行くことが多い。
 BMW R100RT(1000cc)かホンダGB250クラブマン(4型)。どちらもとても気に入っているが、中間くらいのがイイなぁぁ〜。
(夏でも暑くないBoxer欲しい!、GB250にはモアトルク・・・)
 最近気になっているのはBMW F800S(バリバリ新車)、R65(少ない)、Kawasaki ER-6f/n、ヤマハSRX600(絶版・稀少)。
 ・・・クラブマンのタイヤすら買えない貧乏開業医には高嶺の花でゴザイマす。
07 5.18
コンタックス RTS復活
 `84に銀座で2マンで買った中古のRTS。壊れたわけじゃないけど、貼り革(ビニール?)の劣化が激しく、長期放置していた。
 思いつきでジャンク箱から貰い物の本革をひっぱり出して、張り替え成功!。
 昔、長期のバイクツーリングや、新婚旅行にも持参。思い出深い お道具が¥0で復活できてとても嬉しい。オリジナルのデザインは端正で美しい。
07 4.12
さようなら鹿島鉄 道
 昨日で廃線のかしてつ最終列車を見てきた。
 土曜午前の外来を済ませて事務仕事も終えて帰宅したのが14時。天気もイマイチでかなり迷ったが、最初で最後の機会と思い、夕方クルマででかけた。廃止 線の最終日を訪れるというのは初めて。昔々三陸鉄道の一番列車に乗りに行った記憶、開業間もない鹿島臨海鉄道に乗りに行った帰りにかしてつに初めて乗った 記憶な どよみがえる。
 今回は原点に帰ってLマウントキャノンに50mm1本/モノクロのつもりだったが、キャノンP、7、ベッサLに各々50、35、25mmを持参。フィル ム1本ずつきっちり使った。
 日没後の玉造町駅、榎本駅、鉾田駅と回った。鉾田駅は想像を超えたお祭り状態でびっくりした。少し遠巻きに小さめの三脚でバルブ撮影などした。人ごみの 記録では25、35mmを使っていたが、鉾田の最終到着列車と回送は構外から50mmでそっと撮って見送った。
 この異様な盛り上がりには賛否こもごもあるだろう。葬式鉄とかいうらしいが、いかにかしてつを愛する人々が多かったかということで・・・。かたや小規模 鉄道の経 営は本当に大変だったと思う。ご苦労 さまでした。
 今日はずっと交通デザインということを考えていた。
07 4.1
銀河高原ビール
 全国区でスゴ旨のビールを展開して一世を風靡した銀河高原ビールのオリジナルが岩手県沢内というのを、どのくらいの人が知ってるだろうか?。
 あれは、私が在村時平成5~6年頃か、村の有志(正確には住民運動「明日の沢内村を創る会」)が東日本ハウスの中村功会長を呼んで、車座でどぶろくを飲 んだことから始まる。その座に私もいた。どぶろくだから当然真冬!、結構な降りの日だった。私は圧雪路をマウンテンバイクで会場の古ぼけた集会場に行っ た。そこには今でも思い出す懐かしい村の友人たちの顔に混じって、深沢時代村の助役を務めた佐々木吉男翁や健康管理課の顔、生命行政の顔でもあった照井富 太翁の顔もあった。
 その後かの雪深い地に事業を展開しようという話になり、あの時のどぶろくが当時出始めの地ビール(東北初)へ、雪がトナカイを飼う話へと進んでできたの が「沢内総合開発公社」/沢内銀河高原(ビール)である。だから銀河のラベルはトナカイなのだ。
 不思議なことに、その話を他所で耳にしたことがない。もっとオリジナルを売り出せと常々言ってきたのに、何たる奥州人の奥ゆかしさか(!!)、ずーっと 歯がゆい思いでいた・・・。
 沢内の銀河高原ビールが今も健在であるのはとてもうれしい。今年も味わいに行きたい。
07 2.20
あいかわら ず・・・
 あいかわらず仕事はヒマです。が、以前にも増して多科領域の対応もあり勉強になります。まあ、貧乏オーナーも楽し、です。
 今まで様々な領域で様々なことを経験してきましたが、「これはこうだ」とクリアカットなもの言いはとっくにできなくなりました。むしろ「こういうことは (自分 は)やってはいけない」という反面教師はそれこそ沢山見てきたと思います。
 自分の今の仕事のスタイルやスタンスはそういう今までの強烈な経験があってのものと 思っていただきたい。
 ひとまず、今まで良い仕事を黙々とやってきた人たちに最大のエールを送ります。
07 1.23

タクマ先生
 ここ半年ほど思っていたのは、私の医者としての目標は、西岸良平『夕焼けの詩』の登場人物「タクマ先生」ということ。
 スクーターで往診する小児科?内科?個人開業医、宅間医院院長である。
 映画化された『三丁目の夕日』ではだいぶキャラが変わって、三浦友和が好演していたが、オリジナルはもっとすがれたイイ味。
 今時こんな医者ありえな〜い、けれど、かくありたい。
06 12.7
開業1ヶ月
 はっきり言ってヒマ!です。実はずっと宣伝広告は意図的にやらないできました。
 でも流石に地元の利というか、いろいろな方にボツボツ来院いただいています。
 今までどこで働いても感じたことですが、お子さんや若い人の患者さんが結構多いことも、自分にはとてもありがたいことです。
 しかし、零細診療所、いつになったら「食える」ことやら・・・。
06 11.30
新しいことの予感
 10/9の朝日新聞朝刊に田老の増田先生の記事が出たり(実は8月に私も取材を受けた)、コトー先生も第二部が始まったり、完璧シャッ ター通りだったクリニックの近所もいろいろマンション工事など始まったり、なんか新しいことの予感を身近に感じる。
 なにがどうとうまく説明できないけれど、なんかイイ感じな気がする。
06 11.2
しばさきクリニッ ク開業1週間
 いよいよ開業しました。旧市街地の古い商業ビルを改装しての小さな診療所です。
 いざ始まってしまうと、それまでのあたふた状態から一転して、超ヒマ!です。
 昔々の中学の同級生がお祝いしてくれたり、大学の同級生が訪ねて来てくれたり、頭痛がするほど大量の贈花で埋もれたりと、ありがたことです。初めての オーナーですから、一生懸命仕事してくれるスタッフや、ポツポツながら来てくれる患者さんに、今までになく感謝の念があります。
 現時点で「始めてよかった」と思っています。
06 10.22
10月16日開業
 この忙しいさなか、PCぶっ壊れ、ロジックボード交換7万円(泣!!)しかも一ヶ月以上かかった!!、HD生きていたのが不幸中の幸いだけども・・・。
 おかげで多くのかたがたにごぶさたしまして、陳謝。
 開業目前であたふた多忙です。
06 10.8
10月開業予定
 開業準備もやっと工事始まっていよいよ大詰め、結構コマゴマと多忙 です。お会いしたい友人がまだ沢山いるのですが、すみません。なんとか 時間つくりたいものです。
 初めてのオーナーシェフ、楽しみですが、不安半分・・・。
06 8.26
羅須地人協会
 20年ぶりで訪れた花巻市の羅須地人協会(花巻農高内「賢治の家」)はおもしろい場所だった。賢治が農学校を4年で依願退職した後晩年を過ごした「賢治 の家」、10畳板敷きの「教場」には火鉢を車座に囲んで5~6脚のスツールが置い てある。非常にしっくりくるデザイン。
 これは私塾とも学習交換所とかフリースペースとも読めると思った、でも私は「がっこう」とは読まない。賢治失意の大挫折の現場だ。

 賢治の本質の大部分は熱烈な信仰にある。例えば、「雨ニモマケズ-」のメモは「サフイフモノニワタシハナリタイ」で終わるのでなく、見 開きページのお題目で終わる。
 にもかかわらず、わたしをとらえてはなれないこの倫理観のようなものは一体何だろうと思う。
06 7.26
カウントダウン
 間もなく退職、カウントダウン状態でまだ働いています。まだお会いできないでいる旧友が沢山いるのですが、いろいろ準備で忙しいもので、 申し訳ありませんが、また連絡とらせていただきます。
 退職後は、人の勧めもあり、まず自転車旅してきます。
06 6.22
体内時計リセット
 昨夜ETV特集のせたな町のルポを見た。思う所多々あるが、またの 機会に。自分は沢内を去った時の非常に切ない記憶がよみがえった。で、 今現在はというと、全然違う(同じ轍は踏まない)。
 ただ、今まで諸般の事情をかえりみるにつけ、怒り心頭に達してきた昨今だったが、ここに至っては、クールダウンしようと思った。
 イライラしてもしょうがない。体内時計のステップモーターを半分くらいにスローダウンして生きていくというイメージ。
追)キーワードのレジュメ、ビシバシ増えてます。旧友と会うのが心待ちです。
06 5.21
過去10年20年 を振り返る
 様々な旧友に会って、いろいろひらめきがあった。いずれ文章/活字 にしてもいいかと考えている。
 今まで七転八倒で生きてきた気がするが、悔いてはいない。沢内をはじめ医療のこと、そして教育のこと、得難い経験をしたと思う。特にこの10年は孤立無 援を噛みしめてきた感がある・・・。
 今は原理主義ということを考えている。いずれ環境原理主義みたいなのが出てくる気がする。原理主義の再生産装置は宗教=教育だろう。それをどう回避する かはフーコーから学ぶことになるんだろうと漠然と考えている。
06 4.21
開業準備中です
 いろいろありまして、現職は6月付けで退職することにし、開業準備を始めました。
 旧友、先輩等を訪ね歩いていますが、いろいろグランドデザインに関わる示唆をもらっています。
 10年前からは確実にジャンプアップした言葉と行為で仕事ができる予感がします。当時の書き物、視点はもはや陳腐です。
 まだまだ勉強したい。
06 3.29
PERU ものなど
 ネット通販+代引でペルーやボリビアのCDも手軽に買えるようになった。ずっとアルゼンチンフォルクローレばかり聴いてきたが、久々ペ ルーものなども聴いている。huaynoの2(1)拍子のシンコペーションはすごーく「酔い」を感じてイイ。モンゴロイドの血かな。
 ついでにボリビアのJenny Cardenasの"Todo Cambia"を聴いた。
06 2.23
TODO CAMIBIA / MERCEDES SOSA
 メルセデス・ソーサの新CD "CORAZON LIBRE" が昨日届いた。思いがけず名曲 "TODO CAMBIA"がボーナストラックで入っていた。感涙(最近歳のせいか涙腺がゆるい・・・)。20年も前のこの曲をスタジオ新テイクで聴けるとは思っても みなかった。
 実はつい先日この旧テイクを聴いて、IBS「ラテン・フォルクローレをごいっしょに」にリクエスト出したばかりなので、尚更びっくり。
 心なしか、今回の日本語訳は拙訳に近いと思えるのは欲目だろうか。folkcantos.htm
 私自身最近10年いろいろあったけれど、今年は新しい一歩を踏み出そう。
無医村に花・・・のドラマ
 田野畑村の将棋面先生のドラマである。実に悲しい。
 昨年田老の増田先生からドラマの情報は得ていたけれど(テロップに医事指導で名前でてましたね)、ちょっと切なすぎた。自分の家族とか生活というか人生 を削ってまで、へき地医療に挺身するというのは悲しすぎる。
 -この感覚、分かってくれる人はいるだろうか・・・?。
 へき地の医者の切ない日常はもっとリアルに描いて欲しかった。これはコトー先生でも同じ。
06 1.28

万人ウケしな い・・・
 レイザー・ラモンHGが出始めの頃「わたくし万人ウケしようとは思ってもいませ〜ん」と言ってた。いいじゃない。
 このサイトも初めから敢えて万人ウケしないもの言いにしてある。失礼かもしれないが、解る人にだけ見てもらって、解ってもらえない人とは関わりたくもな かった。ネット上の関わりは、その程度にしておこうという意図もある。非常に微妙な切り口の事柄が多く、自分は訥弁なので・・・。
 今まで未知の方からもメールいただいたりもしたけれど、実は本当のコミュニケーションは面と向かってface-to-faceだよな・・・と思ってい る。
 当サイトに歯がゆさやもの足りなさを感じる御仁もあるだろうが、そういうことでご容赦願いたい。
 最近のキーワードとしては『当事者性』ということを考えている。が、ネットでそれを語る気は無い。

05 12.5
日本製モーターサ イクル
 ツーリングでたまに高速なんか乗ると新ボクサーのBMWなどがやたら目につく。うじゃうじゃいる。その他もでかいバイクばかー り。ちょっと食傷気味。日本で乗るならミドルクラスでいいと思う。
 日本メーカーの国内モデルは車種がすごく減っていて、欲しいバイクが見あたらない。ミドルクラスのツアラーなんて、逆車でもちょっと無いもんね。 自転車と同じで、ツアラー市場が成熟してないっちゅうことね。
05 11.9
失われた10年
 前記映画のウォルター・サレス監督(あの名作『セントラル ステーション』の監督、ブラジル国籍)がインタビューでこの映画製作の動機について、 「1980年代の『失われた10年』で私たちは人々や社会のため-という気持をなくしてしまった・・・」と語っていた。日本の過去20年も全くその通りだ と思う。
 自分自身は最近気持ちが行き詰まって、急遽バイクで岩手の旧友を訪れてきた。いろいろ考える収穫はあったけれど、またまたある御仁に「一度海外に行って みては?」と言われた。実はいままでかなり多くの人にそう勧められてきた。ただ、自分は医者として産業制度的なものを輸出することに警戒していたので、海 外協力とかはやる気がなかった。
 「失われた10年」の先の先を考えるために世界を見てみたいような気もする。
05 8.13
モーターサイク ル!
 最近元気もないし、いい話もなかった・・・。『モーターサイクルダイアリーズ』、DVDで買って観てしまった。特典で『トラベリング・ ウィズ・ゲバラ』がついてるヤツ。スッポリハマッてしまった。
(別に私はComandante CHE GUEVARAの信奉者でもなんでもないし、彼の思想や行動をどうこう言う気もない。でも「あの」現実、そして自分の「この」現実・・・どうしてもいろ いろ考えてしまう。)
 それはそれとして、トラベリングーの方にはグイグイ引き込まれてしまった。御本人Alberto Granadoの圧倒的な存在感とConvivialなロケの雰囲気。半世紀を隔てたrealidad。個人的に120%鋭く突いてくる選曲。Ay!

で、安易なオヤジはモーターサイクルだ!
2年間冬眠状態だったSL230最初期型を復活。
`05 6.24
捨てるとい うこと
 ガラクタはなかなか捨てられない。不用品は手元に置かないようにと とりあえず別荘(物置き)にガンガン搬入したら、泥棒に入られて、ジャ ンクカメラが盗難にあった。すっげー嫌なもんだが、使わない道具を所有してるのもまた苦しみである。昔々読んだ仏教の本など思い出す。映画『ムトゥ』でも 「ボンノー(煩悩、欲)を捨てればこの世は幸せ」と言っていたじゃない。
 かみさんと話していて、物ばかりでなく、本も考えも不要なものは捨てて進もうと・・・。フーコー的でもあり、自分はむしろ仏教的だと思う。物を大切 にするなら「施す」でもいいし。
`05 5.14
ケシツボスピー カ
 最近火消し壷をゴロゴロ貰ってあったので、思いつきでエンクロージャーにしてみた。ちょうど5lのがあったので、改造で余ったベニヤを丸 く切って木 工ボンドではめただけ。そのバッフルに12mmの木工ドリルで3ヶ所穴あけしてバスレフダクトは82Hz。
 とりあえずダイトーのAR-10Mで聴いたらこれが全然違う!。アタック感のある音で低音の出がスゴイ。なんでだろ〜。
 とにかくケシツボスピーカー大成功。
`05 4.2
スロー・オーディ オ
 最近はアナログレコード以外はノートPCにヘッドフォンで音楽を聴くことが多い。ちょっと情けない。たま〜に鳴らす自作SPが要修理(ツ イータ断線)なので、あちこちくぐって、秋葉原に行かずに通販で済まそうかとやっている。
 私はシンフォニーとかは聴かないので、ロクハンのフルレンジくらいでいい。でもラテン系なのでバスドラ、ベースが出ないとダメ。
  今までいろんな友人のオーディオルームを聴いた感じじゃ、シンプルなアンプにシンプルなスピーカーでそこそこの部屋で聴く-って感じがいいネ。
`05 2.9
火鉢と灰
 今年になって古い未使用の火鉢をいくつか貰ったので、久しぶりに灰作りをした。今回は慎重を期して人に訊ねたり調べてやった。と言っても、焚き火ででき た草木(雑木)灰をとっといたのが十分あったし、薪ストーブの灰も使える。古い灰も使い回し。
 火鉢用の灰は良質のものが市販もされている。また茶道の灰作りの作法/技術も素晴らしい。灰も奥が深いネ。
 火鉢は白地に青で山水画ってのが自分の記憶の定番だったが、今は無地の信楽のようなシンプルで渋いのが好き。大きさも尺三くらいのデカすぎないのがいい ネ。
`05 2.2

『大いなる旅路』 東映映画 主演三国連太郎
 大昔のモノクロの映画。国鉄機関士の半生を描いた佳作と評される。30年ぶりくらいでビデオで観た。
 今観てみると、舞台が昔の盛岡だし、サクサク進むストーリー、さらっとしたエンディングも好い。若い三国さんの老け役がまんま「スーさん」というのもお 見事。
 結構「鉄」だった少年時代、かなりこのテのストーリーに影響を受けたと思う。「コツコツ地道に仕事していれば、いろいろあっても結果まあまあ」というよ うな・・・。まあそれはそれで良くも悪くもあるが・・・。
 で、岩手に行ったついでに盛岡機関区跡を訪ねてきた。9.26記

天下の○HK
 オリンピックのラジオの実況アナウンス、興奮しすぎで何言ってるか 全然わからん!。サッカーのワールドカップ以来か、やたらうるさい!。 TVなら副音声で実況抜きの会場音を流せ!。
 台風の予報の気象予報士嬢、しゃべりがへたくそ!。無駄な言葉が多すぎる。ちゃんと原稿あるのか?!。
 ちゃんとプロの仕事しろよ!(怒)。
`04 9.10
珍しく仕事の話
 地域医療なんて言葉、今や医師会くらいしか使わない。
 非採算地域で良質な医療を地道にやることに誇りを持つ・・・なんてもはや過去の幻か。
 経営のことは重々承知でも、収入のための仕事はしたくない。

 7年前に佐久を去る時に整形の大親分が「君は故郷で自分のやりたいように思いきりやって、大赤字でも出して早く帰ってこい」と冗談を言ってくれた。大変 あ りがたく、談笑した。大学医局に属する整形外科の長である。むしろ佐久生え抜きの医者にはこんなセンス無かったかもしれない。
 10年前の転回点から踏み出して、公共性、オルタネイティブを転換して、多様性を軸に律していきたい・・・ものだ。
`04 8.31
佐久病院訪
 5年ぶりくらいで、日帰りでぶらり佐久を訪問した。あまり時間がとれなかったが、先輩のはからいで何人かの先輩同僚に会えた。ありがたかった。
usuda7.14

禁煙は嫌い
 ここのとこ禁煙から減煙状態なので、このまま禁煙しようかな〜と思う。でも禁煙運動みたいのは嫌い(きっぱり)。
`04 5.31
こだわり
 自転車に乗るようになってから、モノへのこだわりがとても薄くなった。カメラもクルマも必要な時に最小の機能があればよい。過剰な機能は無駄。
 何と今まで無用なガラクタを収集してきたことか。
 さらに、自転車そのものにもこだわりは無くなった。気持ち良く乗れれば何でも良い。
`04 5.2
小康状態
 調子悪い時はとにかく乗る!、というわけでなるべく自転車乗っている。何も考えずペダルを回している。
 それと自転車のお友達のおかげで、なんとかボツボツ生きている。感謝。
`04 4.18
Emergency
 最近になく気持ちが重い。何とかしなくては。
`04 4.1
『時代』/中島み ゆき
 ここ10数年、ずいぶんこの曲を聴いた。93年にリメイクされるずっと前から、日本の歌で一番好きだ。デビューアルバムのアコースティックバージョンが 好き。
 沢内時代に病院のクリスマス会で一人で弾き語りしたのは遠い思い出。むしろ挫折の古傷に「効く」。慰めでも励ましでも、まして癒しなんぞではな く。みゆきは詩人だ。
`04 2.24


沢内再訪
 9月の3連休に自転車輪行(新幹線北上下車)で沢内を訪れた。思いがけない旧友にも会えて良かった。増田先生は田老まで自転車で行ってお会いした。歓待 していただき、いつもながら感謝。
 皆お互い変容しつつある相手と自分を認める対話で、本当に久しぶりに和んだ。短いけれどいい旅ができた。

`03.11.20

ドクター コトー
 良くできたTVドラマだったと思う。(中島みゆきのテーマソングの詩の方が二枚くらいうわてだと思うが...)  それは、謙虚さを描いているから。島で変わっていく専門家像にしてあるから。傲慢さや権威的なものもふまえてあるから。大病院でない最小の場の話だか ら。そして、コトー先生は自転車だから。
 モデルの先生も見当ついてるし、医療モノは疲れるのでチラチラしか見てないけど。まあカッコ良すぎなのはドラマだからしょうがない。カッコ悪いとこまで 描いたらグチャグチャになってしまうし...。
 でも、ドラマのコトー先生、オペ好きねぇ。カッコイイもんねー。黄門様の印籠(由美かおるのお風呂シーン?)みたいで。うちでは子ども達が見てる所へ、 「そろそろシリツ始まったか〜?」と割り込むのが日課だった。

シリツ(手術)について
 これだけは今書いておこう。
 学生時代の最終学年の夏休みに、後に就職した佐久総合病院に学生実習に行った。もちろん志望科の外科。外科のドクターについて、大学の実習ではあまりさ せて貰えない手洗いをしてオペの手伝いもさせてもらった。
 実習も終盤になって、エラい先生達もそろって、学生の歓迎会が催された。僕のついていたグループは何のオペだか忘れたが、緊急オペが入って参加 できなくなった。僕は手術着に白衣を羽織って会場の院内食堂に行き、「これから手術なので」と挨拶だけして手術室に戻った。その時、某有名な内科医の大先 輩に「外科はヒロイックでカッコエエのう!」と笑って冷やかされた。もちろん悪意ではない。ただその時の自分の照れ臭さはずっと忘れずに思い出す。
`03.9.12
ミス ラチェッド
 少し前、新聞の片隅か何かで、アメリカの映画の悪役ベスト10みたいのを読んだ。なんと『カッコーの巣の上で』のラチェッド婦長が上位に入っていたのに 驚いた。鋭い。
 この役の婦長はとても「優秀」で「真面目」な末端の「専門家」だろう。行動療法だか集団カウンセリングかなんか得意満面やっちゃって...。そ のイヤラシさを見事に描いている。しかもあの病棟の患者はほとんど自ら望んで(voluntary)入院していたといのがまたコワイ。
 ああいうイヤラシさをあちこちで見るにつけ、これからそれをどんな言葉でどう語ろうか/語るまいかと考えている。
`03.8.17
残念レガシイ
 13年乗った初期型レガシイワゴンVZエアサスがいよいよお釈迦になった。丁度4代目レガシイ発売で、GTとNAと試乗した。すごく良く出来て いる。でも全車種車高(ロードクリアランス)がすっげー下がってしまった。これは致命的。残念ながらパスだ。シャコタンのステーションワゴンなんて... 要らない。日本の良心富士重は、某社の轍だけは踏まないで欲しい。
 常識的なクリアランスで車種設定しておいて、シャコタンしたいユーザーにはオプションを設定すればよかっぺ。デザインの決定的誤りだ。レオー ネ4WD時代からのユーザーはこの車を選ぶだろうか?。頭の良い大人が道具として選ぶか?。豪雪地のユーザーは?。評論家センセイがこの商品をどう評価す るか、楽しみだ。
 仕方なく?フォレスターNA/MTを注文した。
`03.7.15

 `70年代前後のフォークを聴くと「旅」という言葉がずいぶん出てくる。今や旅などと言うのは死語、口にするのもこっぱずかしい。そういう旅のスタイ ルって廃れてしまったのだろうか?。
 日常を外れて旅をするというのは、意外と若いお友達が結構やっている。
 人生/生活には非日常とか、無目的さとかバカバカしさとかが必要だ(断言)。
`03.5.20
謙虚/傲慢
 何が今"No!!"なのか、本質で考えたい。権力とか、暴力、構造などと解釈して語るのはずっとやめている。見方を変えれば「傲慢さ」「傲慢なもの」で はないか。世の中、それであふれている。では反対は「謙虚さ」だろうか。
 謙虚な傲慢さというのはありえる。専門家が傾聴する時の謙虚な傲慢さ。気付かない人は死ぬまで気付かないだろうが、最も陰湿な部類だ。日常会話にカウン セリング手法を持ち込む「お医者さんごっこ」的なもの言いなど最たる無礼で傲慢。
 かたや、根源的な思考が廃れてしまったのはその謙虚さが傲慢であったからではないかと思う。
 謙虚な-というのは、コンビビアルと言い換えることができる。謙虚さを護っていきたい。
 傲慢なものをどう処理、対処、戦術を立てるか?。
`03.4.15
カリスマ〇〇
 カリスマって自分にはすごく否定的な響きで、カルトに近い。「カリスマ何とか」とか言うのは嫌。例えばカリスマ医者なんてまっぴらだ。カリスマ教師だの 自転車屋だのゲロゲロだ。なんとか教でもやれやと思う。
 かたや、職人ってのは好き。「カリスマ職人」とは聞かないから、どうもこの二つは相反するみたい。やっぱり黙って職人仕事をしてる人が好きだな。
`03.3.29
説教
 80年代目新らしかったジブリものも倉本聡も、なんだか今じゃ説教臭くて...。そんな話をしたら、「人間、説教なんかするようになったらシマイ、さっ さと引っ込んだほうがマシ」とかみさんが言った。
 元々説教ってのは坊さんの専売品じゃなかったか。それがそこいらでネコもシャクシも、説教垂れるヤツがいて拝聴する衆がいて、頼り頼られ皆気持ち良く、 ダラダラ続くと...それが人の業なのか。あちこち見ててそう思う。
`03.3.10
臨床?
 臨床ってのは医学用語ではないのか?。病院のBed sideのことだろう。臨床をやってますと言えるのは医師だけじゃないのか?。やたらとあやふやな資格の人達がこの言葉を多様するのは不気味だ。
 田舎医者の自分は臨床などという言葉は使わない。自分は基礎も研究もないから、臨床などともったいぶった言い回しをする場面は全然ない。
`03.1.31
ウンチク
 ウンチクを傾けるというスタイルは思いっきり斜陽である。私も不快でヤメテケレーと思う。
 ◯◯はXXじゃなきゃいかんとか、何々は認めんとかになると、結局はただの好み、独断と偏見でしかない。しかもそれを自慢して押し付けるのだから聴かさ れる方はたまらん。
 今まで自分がここでツラツラ書いてきたことにも通じる。異質なものを受容できない偏狭さは憐れですらある。
 例えば「ピアソラはタンゴじゃない」とか、「MTBは自転車じゃない」とか言うのは、それらを楽しむことができないということで、一種の僻みで もある。「ピアソラは聞きません」とか「MTBは乗り(乗れ)ません」と言えばいい。尤も、「自分には解りません」が正解だから、解らなきゃ黙っていれば いい。
 ウンチク垂れ流しの人とは友人にならないが、たまーに疲れない程度聴いて差し上げることもある。そんな時、例えば、「貴方はXXがたいそうお 好きのようで、私も嫌いじゃないですが、貴方のお嫌いな@@も私は結構好きで、これこれといった素敵で楽しい所がありますねー。それを共有できないことは まことにお寂しい...」などと振りもするが、ズバり申し上げるのも失礼だし、大抵茶化すか中断となる。
 事が趣味程度なら鼻で笑って済むけれど、子育てだのという誰でもが簡単にひとウンチク語れてしまう社会的なモノになると、相当にいかがわしい。また、フ リーアクセスのネット上でやらかすのはもっとアブナイ。
 ウンチク垂れ流し反対!ウンチクは自分で処理しましょう!
`03.1.10
癒し??
 癒し系なんて変なコトバ。皆が癒してもらいたがってるんだね。何かに依存したいんだね。それはそれでしょうがない。
 そしたら安易に「私があなたを癒してあげましょう」なーんてのは、ろくなもんじゃねえな。癒すなんて簡単に言わねーでくれ。癒しだなんて何かイヤラ シー。
 人は癒える。自律的な力を持っている。癒えるのは癒されたからじゃなく、自分で癒えた(自動詞)。誰かの助けがあったかもしれない、でも癒え た。癒えるのを助けることはもっと正確な、医学的介入だとか心理的介入とか、プラセボ効果とか、なんとか介護とか、慰めとか愛とかはっきりした言葉で言っ てくれ。癒しってもの言いが曖昧なんだよ。そんな言葉いらない、早く廃れてくれ。
`03.1.1


左翼臭さ
 左翼臭さという言葉を耳にした。現在に至る状況を整理するキーワードの一つだと思う。自分達が正しいものを持っていて、それを啓 蒙するというイヤラシさ、学校(化)的な権威主義、知の権力性とも言える。私が「保健の教育的言説のイヤラシさ」と呼んだこと、地域医療の先達に「お山の 大将」の面があると書いたことにも通じる。様々な思考、言説、行動はこのことを自己分析してみるといい。ミイラ取りがミイラというのがほとんどだべよ。

`02.12.20
小さいことはいいことだ
 「大きいことはいいことだー」というCMは昭和40年台まであったか。実に象徴的だ。
 世の中のいろんなことがようやっと「小さいこと」の価値の方へ転換してる。
 それは「自転車的なもの」と言い換えてもいい。ついでに、速い-遅いは大きい-小さいと同様、速いという価値も同時に見直すべき。
 Slow life というのは素敵な造語だ。
 イバン イリイチが死去したという。彼から学び直す時節だ。
`02.12.15
心のボーナスが欲しい
 前田真三さんの環境ビデオみたいのをTVでちらりと観て、これは前田さんのイデオタイプやなーと思った、のはどうでもいい。
 今までいろんな風景を通過してきた。ちゃんと見ずに!。自転車の速度、しかも20km/h程度でゆっくりと旅をしてみたい。昔訪ねた場所をめぐりたい。 そして新しい場所。
 最近でき上がった自分の自転車は今は流行らない「ゆっくり走る」スタイルのもので、全部自分でジャンクで組み立てた。こいつで時計もカレンダーも忘れて 旅に出たい。
 あぁきっと夢で終わるだろう。でも本気でやりたければできる。かみさんもやってみたらと言う。要は日常のしがらみを抜け出す勇気が自分に無いだけだ。
`02.11.17
おじいさんの時計
 僕のおじいさんの柱時計はごく普通の国産の14日巻きで、何年も前にゼンマイが切れてしまっていた。もう修理は不能と人に言われ、あきらめていた。
 先日自分の安物の腕時計の修理に町中の「時計修理します」という看板の出ている時計屋を訪ねてみた。すぐに直してくれた。職人だ。話してみたら 柱時計も修理していて、ゼンマイもあるという。早速お願いしたら、メカOHも職人技でやってもらえ、しかも予想よりはるかに安い。とても嬉しい出会いだっ た。
 僕らもまた親達の世代も古くなっただけで道具を買い替えてきたと思う。でも最近は新しいものがよりデキが良いとは限らない。若い人達は自然と古いモノを 大切にしてると思う。おじいさんの世代もそうだったんじゃないか。
 今日修理上がりを引き取り、子供達の部屋で余生を送ってもらうことになった。
`02.10.10
廃れゆくもの
 ベルリンの壁、ソ連、`80年代から怪しかったが、`90年代までに消えた。しかしものの本質の説明がされていない。今一体何が"NO!!"な のか?。あれこれ多士済々とんでもなく怪しい、乃至は死に体をさらしている。とんでもない時代、根本的転換...などといくらでも後からヘラヘラ語ること はできる。でも本質は何か考えよ。何が何故廃れているのか。廃れる必然は何か。そして何をよりどころにどんな新しいものをデザインするか?。
 子どもの自然、感性、詩性しか信用できるものはない。この世にまだ生き残りたい。
`02.9.20
鬱の時代
 『北の国から総集編』など観た。80年代だねー。それはさておき、錚々たる出演者に自死された方が多い。ご冥福を。
 今時鬱でないのは、マトモじゃないのかも。真摯な友人達を思い浮かべても、言えてる。某有名な鬱の先輩が、「脳天気なヤツは鬱にならんのだ」と昔豪語し ていた。私は「おまえはなるかもしれん」とお墨付きをいただいた。あちがち外れてないのがコワイ。
 なんとか今のとこ生きているのは、家族(日本的な範疇とはちと違う)と道楽のおかげ。
`02.8.23
不良オヤジ
 拓郎のビールのCMでオヤジは不良がイイってのを見かけたけど、好きだ。説教しないってのがイイ。自分としてはさらに、自慢しない、ケナさな いってのがキモだ。自転車ではまたオヤジの友達が増えたけれど、皆そうだ。尤も、そうじゃない野郎とは友達にならないってこと。やっぱり不良オヤジがイ イ。
`02.7.18
多因子系
 新聞で「小子化の原因と対策」みたいなのを読んだ。何かヘンだ。「不登校」「ひきこもり」というのと同じような恣意的なコトバだ。人々が子ども を望まなくなったことの原因を語るとすれば、多因子としてアプローチするしかない。何ぞの原因に帰納するのは論理の短絡である。幼児虐待も原因を短絡して 語ってはいけない。
 例えば花粉症や癌が何故多いかと語るのも同様。スギの花粉症に対し、杉の木が増えたという理由は最も関与が薄い。外的な因子についてはディー ゼル排ガスを含めた大気汚染の関与はどうか。藤田先生の寄生虫とIgEの研究は多因子系の中で一つの真実である。真実はさらに見えない所にあると思う。タ バコは癌のリスクファクターの一つであり、単一の原因と混同してはいけない。何事も本質を穿つ努力をせよということ。
`02.6.15
1980's
 '80年代に何があったか?という欧州人からの問いに返答困った。
 今が転換の時期だなんて遅すぎる。とっくにいろんな部門、生活そのものが転換を迫られていたことは'80年代以前に判っていたはずだ。無為に過ごした 30年余のツケが全部回ってきているとしか考えられない。
 身の丈に合った生活、道具というのが快適でしかもカッコイイと気付くのに、今までとてつもなく高い代価を払ってきたんじゃないか。
`02.5.1
東京タムレ
 今年は原坊のタムレだ。不真面目で真面目、楽しい。去年の陽水が「あるがまま」とソフトに語っていたとすれば、原坊は「あるがまま」と言葉には出さずに 表現しているように思う。
 疲れると歌詞のない音楽を聴く。それでもクラシックなんてすごくうるさく感じることも。最近少し唄のついた、それもほとんど解らない伊語のモノを聴いて みたり。
 コトバの海に疲れてきた。ネットも例外ではない。
`02.4.20
欧州鉄道事情?
 夜中のTVでヨーロッパの鉄道の番組を見た。長距離の運賃がすごく安いのにはびっくりだ。どうして日本はこんなに高いのか?。ヨーロッパ自転車 事情は疋田さんのレポートなどでとんでもなく進んだ様子を聞き及んでいたが、何故日本は様々な鉄道輸送のモードを欧州に学ばなかったのか?。旧国鉄や運輸 官僚が新幹線にのみご執心だったからか?。自動車産業の保護のため鉄道を食い物にしたのか??。
 それはともかく、自転車輪行もしてみたいけれど、現在の東京近郊の混んだ狭い電車にでかい輪行袋を持ち込む根性は私には無い。
`02.3.30
道具フェチ
 カメラも自転車も「道具」なのに、道具フェチって多い。反対は「実用主義」で、アングロアメリカやドイツはそういう傾向 と聞く。ライカはいい機械だがそれに淫するのは嫌いだ。M6やハッセルをぶらさげているのを見ると、それしか無いのか、一番いい道具をみせびらかしてるの かと勘繰る(そういうのは買わない、買えない者の僻みもあるが)。高額なお道具一切が無粋に思う。皆がゾロゾロ同じモノをぶらさげていたらもう不気味だ。
 自分もカメラに関しては変なガラクタをいじくっている変なオヤジで、カメラ好きでない人からみればフェチなのかもしれないが、ハイエンド指向には無縁で ありたい。自転車に乗るようになって、カメラのこだわりは一層薄くなった。
`02.3.10
いかがなものか
 「いかがなものか」、沢内でよく耳にしたセリフだ。「気にくわん」とか「ワシのメンツが許さん」という意味の婉曲だ。特定の業界用語と も言える。NGOやNPOの人は決して使わないコトバだろう。こういうコトバ使いに表れるような在り方がNo!なのだ。役人の「困る」というセリフも似た ようなもの。
`02.3.1
自転車通勤
 ツーキニスト疋田さんのサイトや関連の書籍を拝見した。何と自分で始めようとしていた自転車(通勤)がすでにムーブメントになりつつある。これには本当 に驚いた。
 このサイトも学校-医療-交通と出揃った(笑)。交通のこの動きは、日本の閉塞状態への新しい風となる---というのは考えすぎか。
 まあ、自転車は理屈抜きで好きなんです。足馴らしは20km程度になったが、通勤のためにはあとは早起きがネックだぁ〜。
`02.2.5
アフガンに教育援助?
 あちこちの業界でいろいろ膿の吹き出している日本の得意な分野って教育なの???
 教育-イコール-学校という図式は危ない。 せめてフレイレ、イリイチは踏まえてデザインをしないと。
 ブータンの山の民のルポをNHKで見たが、村にできた学校が、元々あった人々の暮らしを見事に破壊していた。
 フルタイム、階段式の近代学校にとらわれる必要はない。学ぶ権利を学校に行く義務にすりかえてはならない。子どもは学校の外で学んでいる。-というよう な先進国の到達点は踏まえておくこと。
 マスコミに溢れる学校主義の言説は「テロに対する戦争」以上に背筋の凍る思いがする。
`02.1.25
自転車たのしいね〜
 いつの間にか子ども達も自転車に乗れるようになり、運動不足の私も自転車が好きになった。別にエコでの発想やイリイチの『エネルギーと公正』を 読んだからじゃない。とにかく運動不足。田舎で自動車通勤は本当に歩かない。10kmくらい自転車で散歩したらとても気持ちよかった。クルマやバイクでは 気付かない景色が見える。それと、自転車をいじるのはバイクやクルマよりう〜んとお手軽で楽しい。片道18kmを自転車通勤するのはまだ億劫だが、チャレ ンジしたい。
`02.1.8
あけましてオメデトウ御座居マス
 今年も淡々と生きています。しばらく「繋がる」ということを考えていました。ずっと自分と家族を護るために斬るスタンスでいました。それはそれ で今も必要ですが、相手によっては繋がる回路も持ち合わせていようと思います。しかし、それは依存的、相互依存的ではなく、あくまで自律的、コンビビアル にということが重要なポイントになります。
 そんなことを正月休みにTVで『座頭市』シリーズを観ながら考えました。
 Mercedes Sosaの唄う"Desandando"で「孤独を恐れずに歩いていれば春は存在する」というフレーズを噛みしめて3年になります。
`02.1.5
深沢晟男
 今私自身の指標として、深沢の「やりのこし」が大変気になっている。深沢の倫理とも呼べる思想の根本は「自律性」と読み直すことができると考えている。 再度知己に話を聴こうと思い、先日沢内を訪れた。
 沢内村の偉業は歴史の彼方に埋葬されたかと思っていたが、最近及川和男氏の『村長ありき』が復刻された。『「あきらめ」を「希望」に変えた男』/日経ビ ジネス人文庫である。これは照井富太氏にいただいた。出版者の卓見に感謝する。
 ところで、私が在村時に格闘していたのは一体何だったのだろう。臨床では端的に「ヘルシズム」と言える。しかし、日々ムラの友人達が格闘してい たのは、深沢の業績を消し去ろうとする村の動きではなかったか。それはもの言わぬムラ人の声、初めて見えた「自分たち」を抹消する、どこにでもあるような 政治のもの言いだった。
 今となって、深沢死後の反面教師を見ることで、更めて深沢の業績のスゴさが見える。しかし今コトバにしておきたいのはその大もとの深沢の倫理だ。
`01.12.11
ランプの暮らし
 今News23で静岡でランプの暮らしをしている家族のルポを見た。まず、私らより若い世代が自然に電気のない暮らしを始めたことに敬服した。 やってみたらできると。次に冒頭で市井の人が「子どもも小さいのにかわいそう」と言ったのが引っかかる。その言説は何なんだろう。大きなお世話だ。奥さん のコメントで、近所から奇異に見られたということもどこか大変共感できた。
 反文明でなく、つまり脱-文明でなく非-文明。プラグを抜くということ。ガンディーのチャルカ(糸車)も反近代でなく非近代でとらえたい。脱学校でなく 非教育というのとパラレルだ。
 プラグを抜いてみたら、常識がひっくり返った、いろんなものが聴こえ、視え、感じるようになったという。素敵な話だった。
`01.11.12
食べ物
 牛肉ってガキの頃は食べた覚えが無い。そんでもって牛肉が無くても今の所寂しくもない。
 工場で作られた食品ってのもあまり食指が動かないな〜。でも毎日適当にいただいて生きている。
 ところで、余剰といわれるコメをタイ米のように輸出したらと思うけど、できないのは単なる市場原理か。外国にスシバーなどいっぱいあるらしいが。
 岩手の雫石の農家でやった収穫祭が懐かしい。山ぶどう酒や芋の子汁が恋しい。月並だけど、贅沢な食べ物だったと今思う。
`01.11.4
多様性
 学校(のようなものを含めたその本質)を拒否する子ども達からつきつけられたことは、多様な在りようを認めるかどうかということだった。それに はこっちも古い観念からの脱皮を余儀なくされる。増田進の言った「対話」の本質は患者を前に医者自身が変わっていくことだった。これらを自分で整理するた めにこのサイトを作った。
 個人、家庭という最小の産業ユニットから国際社会まで「多様性」は時代のキーワードだと思う。市場主義社会/産業社会はグローバルスタンダード同様、絶 対ではない。それをどう転換inversionしていくか。いまNPOが産生するディスクールに注目。
`01.10.7
田舎vs都会
 私の青春時代の70年代以降ダサイとかイモとか田舎バッシング全盛だった。とても不快だった。90年代になって「シブイ」のがもてはやされ少し変わっ た。でも田舎をバカにする傾向ってまだあるよね〜。
 「日本に都会ってあるんケ?? 皆田舎モンだし、いたるとこがのべつまくなしムラ社会だっぺよ」ってのが私の持論。田舎をバカにするのはもういいかげんやめましょうよ。それより自分自身 の質を問いましょう。
`01.10.1
暴力
 NYCのニュースは第1報からTVで見た。最初に、映画『ガンディー』でネールがジンナに「テロリズムは圧政を正当化するだけだ」と言う場面を思い出し た。 再びガンディーを読む。
`01.9.17
依存(症)
 なんでも屋の田舎医者はアルコール症とも関わらざるを得ないことがある。気付きとか(断酒の)動機づけがない限りは出口が見えない。辛い。なんだ、いろ んな世の中の「諸問題」と同じ構造だ。
`01.9.5
沈黙
 『沈黙の雄弁』というイリイチの論文があったが、沈黙せざるを得ない場面もある。言葉の本質は暴力である。 増田進の「対話」と"マハトマ"ガンディーの"Non-violence is a violence"をどう整理し直すか、ずっと考えている。
`01.8.5
学ぶ自律性
 教育(-サービス制度、システム、消費)と学ぶ自律性(行為)を全く区別できない人が大多数である。愕然とする。医療の世界でのこもごもや、働 く/労働ということ、男と女/婚姻ということも全く同じ地平で地盤が変動しているのに。学校化が根源的独占のもとにそういうものをすべて網羅して再生産し てきたことも根本にある。人々が気付かないまでに根源的に浸透している。
'01.7.20
あるがまま
 井上陽水のUNITED COVERは楽しい。発売当日かみさんに頼まれて買って帰った。ファニーなアルバムと思ったら、聴いてびっくり、ラストの『手引きのようなもの』は私に とって最も今日的なメッセージだ。そしてまた聴きかえすと全体でつぶやいている。名盤だと思う。日本のアーティストや音楽シーンを見直した。
 坂崎幸之助さんのFM Nack5の番組"K's transmission"は毎週聴いている。60'sのメッセージものが今になって放送で聴けるようになった。ありがたいことだ。さらにフォークの流れ がストリートなどで新展開しているのは素敵だと思う。日本の音楽シーンもアングロアメリカのコピーでなく、フュージョンとして長い年月かけて変容していく のだろう。でも、ニッポン人としてのアイデンティティーはすご〜く希薄。その点沖縄ってフォルクローレがあるみたい。
'01.6.10
人のため
 少し前テレビをちらっと見ていたら、NHKかなんかで10代の人達が討論していた。医者になって人のためになりたいという真面目な人のエリート 指向を他の人が突っ込んでいた。今どきの若いモンは大したものだ。するどい。私は「専門家や専門的制度そのものが有害になっちまったという論点は30年も 前にあったんだよ」とテレビに向かって言いたかった。今どき人のために何かするというのは大変難しい。人のためのはずのシステムが決定的に破綻している。 その危うさがようやく見えるようになったということか。「人のため」はもはや錦の御旗ではない。私が今まで国際協力に距離を置いていた理由でもある。
 それでも、今どきの若いモンはその先を考えている。今どきのオジサンも年寄りもしっかりしよう、と思った。
'01.6.10
お疲れモード
 特別厭なことも最近は無いが、力が出ない。疲れている。
 力の出ない地域医療業界で一人気をはく鎌田實先生の『命があぶない 医療があぶない』は興味深い。増田先生の家で初めて読んだが、手許にも買っ た。若月さん早川さん増田さんとの対談の細かい所が『月刊ケア』に掲載されたものとなぜかそれぞれ違っているところが大変おもしろく読める。このサイトと 平行して読んでみるとさらにおもしろいと思う。対談での読みやコトバの使い方の、微妙だけれど決定的な違いがお解りいただけるだろうか?。鎌田先生の『が んばらない』も発売当初取り寄せて拝読したが、先生がんばってるじゃんと思った(そこが次の転換点だと思う)。これ売れてるらしい。時代は回っている。で ももう一回りしたいなあ。
'01.5.25
21世紀
 新世紀に特別なイベントもなかったせいか、特別な感慨は無く、淡々と日常を過ごしている。
 少し疲れが蓄積してきたのが怖い。今年はリフレッシュしたい。
2001.2.9


カウンセリングを疑う
 癒しとかいう曖昧なコトバが流行っている、世紀末。カウンセリング(-マインド)などと業界さんが濫用するが、なんか怪しいぞ〜っと。臨床心理士の友人 もいるが、カウンセリングもピンキリで、何でもあり状態!。気をつけよ。
 一言。人の告白を聴くこと、心を覗くことは大変な権力構造である。医師には秘守義務というのが医師法で定められている。カウンセリングにあってはそれ以 上に警戒すべき。術者は常に自戒せよ。顧客の人権は何より保護されねばならぬ。
'00.11.7
スタジオジブリもの 〜反産業化〜
 `70年代のオイルショックの後、産業的な生活、生産、消費様式を反省する論調(ディスクール)が世界的に出た。「未来少年コナン」から「風の 谷のナウシカ」の路線は大変解りやすい。「もののけ姫」も世界的にヒットし、同じ伏線がある。それじゃあどうするのという結末が「ともに生きよう」という のは私には大変軽薄で空々しく思える。
ブラス!〜フルモンティ
 映画で国を語るのもおこがましいが、イギリスという国、いずれ日本もこうなるぞ〜と思わせる。いや、イギリスのほうがまだマシという意見もある。 映画の向こう側に見える思想がちゃんと物語っている。
 いろんな映画は実に時代の転換を表現していますね。
10.30
語る行為
 世に溢れる卑しい教育的ディスクールの本やセルフヘルプもの、時代錯誤の父権的もの言い。それらについてもの言う気もしないが、一言だけ書いておく。
 東北では「言う」という行為をシャベル、イウ、カタルと言い分ける。「カタル」とは「ホラを吹く」「ひとをだます」に近いニュアンスだ。それらの感想を 沢内弁で言うと「なんとこったらにかたってらことよー」となる。茨城弁や信州弁では該当するコトバは無い。
 今の私はカタりたくない。やみくもにカタる在り方が不快。誰かとシャベりたいけれどもカタる気はない。何のリアリティーもないカタリはかたりだ。
 また、ほとんどの言い回しが「今時の若いもん」という陳腐な僻みで満ちていることは笑止千万。
10.20
農民-農村というディスクール(言い回し)
 NHKの30年位前のルポものがテレビで再放送されるのを観ると、農民という言い回しをやたら聴く。すっかり廃れたコトバだ。農業者の友人も多 いが、「私は農民です」と言う御人には出くわしたことはない。これは都会のインテリ(これも死語)用語で、その昔の政治の臭い。かの有名な佐久病院(若月 元院長)の「農民とともに」(その昔は「農民のために」)も全き同根。私には「おら百姓してら」とか「百姓もやってんだよ」という友人は沢山いる。
 農村というのがかなり危うくなっていて、農民というディスクールが死滅して、でもなお百姓という在り方(プラチック)は在り続けているということ。同時 に労働というディスクールも変容、転換している。
 宮沢賢治が百姓にも農民にもなり得なかった悲しい歴史的現実の分かれ道が今この点に在る。
8.7
宮沢賢治とマハトマ=ガンディー小考
 この2人を社会主義思想の影響とスノビズムから横断的に論じたらどうなるか?
 やや同時代の2偉人は20世紀初頭にあって聖人たろうとした。そして、イリイチ、フーコーが格闘した70年代、時代の構図は変わったのだろうか??。そ して今、スノビズムをどう超克していくか??...。
7.28
非スノビズム
 スノビズム(俗物主義)が50~70年代の倫理的流行だと「オヤジの映画の部屋」で書きました。社会主義リアリズムという思想的流行がその基礎だったの でしょう。
 私が学生だった70年代後半以降もそういう風潮はあって、何と言いますか、貧乏自慢とでもいうような習わしがあり、貧乏な私も好きではなかった です。また、忙しさ自慢というのも同根で不毛です。働き蟻の悲しい習癖で、まことに恥ずべき行為と思います。人を尊敬するかどうかは、その人の年齢や貧乏 さや忙しさとは無縁で、思考と行為で決まります。まあ何事も自慢というのはよろしくないということです。
7.22
IDECフリースクール世界大会
 初日の国際非暴力研究所所長アルム ガンディー(モハンダス"マハトマ"ガンディーの孫)さんの講演のみ聴いてきた。彼自身はオルタネイティブとしてのホリスティック教育のスポークスマンと いう印象だった。新たに、マハトマの言葉からNon-violence is a violenceとか、less vilenceという考えを知る。講演後大した質問が出ないので一発口頭質問してみた。
My question to Mr. Arum Gandhi at the lecture in IDEC2000:
 Thank you Mr. Gandhi, for your talk about personal way of life of Non-violence. Now I need a strategy, strategy to defend my sons and my wife from the violence...as you say...
"physical violence and non-physical" -said Mr. Gandhi,
yes,such violences of school and the education. So, would you talk something about strategies,sir?
 答えは案の定アジア的対外辞礼的なものだったが、終了後WASP系の御人(お名前は失念)が自分も同じ質問をしたかったと話しかけてきた。彼の答えは Magic handの様だと不満げであった。私は的確な返答ができずしばし考えてしまった。
I was very inspired from the writings of Mahatoma. I think the shool and education are the cultural imperialism. Mahatoma fought against the British empire with non-violence, and now we must fight against that. So I must find by myself some strategy, now. I have great anger against school teachers, schools in Japan and the education system. But I'm not going to take revenge against them.
というようなことを喋ったがどれだけ通じたか?もっと話したかった。
 象徴暴力とそれを裏支えする大衆のメンタリティにどう自分を位置付けしていくか。それが私のStrategyとして切実な課題なのだ。  IDEC2000 HP
7.15
ごえもん風呂とかまど
 三和の古い家も補修が済んで、一応泊れるようになった。薪で焚く風呂とかまどは自分で全部修理した。以前雪で壊れていた煙突を全部直して、風呂 は水漏れしたのでタイル目地を直した。かまどは携帯用かまどの縁を付けて、とても便利になった。またケシズミを七輪で使うのも便利。
 どちらも思ったほど実用に手間はかからず、むしろ便利なのには驚いた。
7.3
非ヒロイズム
 ある人との対話からふと再考してみたら、私にとって『風に立つライオン』は思い出、憧れであって、客観化すると、医者としての存立心性と言え る。己のヒロイズムには常に警戒しなければならない。その点はかねてからかく心してきたつもりだ。ただ沢内当時の言説を見ると、今となっては生硬なヒロイ ズムの臭いがなくもない。それは超えていくばかりだ。
 自分の足元が見えるか否かというのはそのへんがわかれ道なのかもしれない。
 ついでに、この曲のバタ臭さ、力みが疲れる。 もうしばらく聴かないだろう。
6.6
真っ白いご飯
 田植えの季節だ。最近白米のご飯が重く感じ、雑食で雑穀も食べる。日本人の白米嗜好は宗教に近い文化だったと思うが、相当崩壊してはいるのだろ う。でも直火で炊いた飯ごうやお釜のご飯はすごく美味しい。またインディカ米は料理次第で大変美味しく、不当におとしめるべきでない。
 沢内では藤原長作翁という水稲王がいらしたが、その偉業は別として、確実に不作の来る寒冷地でも稲作に固執する日本人って何だと考える。
 若い篤農家など複数に聴いた話では、稲作が手間がかからないからとのことだった。農業のことは不勉強だけれど、いろいろ対話から学ばせてもらうのは面白 い。
5.4
『風に立つライオン』再び
 私はさだまさしのこの歌だけは思い入れがあって、当HP 沢内での書きものに あるとうりですが、最近、当時をもう一回り客観化できるところに来たと思います。今どきいかに無私でいられるか...怒りと憤りと焦りを超えていけるか、 あらゆる場面で日々実は思っているのです。そういえば、「清貧という思想」という文章があったと記憶してますが、誰だったか忘れました。
4.7
「どうしてこんなになるまで...」
 先日ある30年程昔の邦画のビデオを観ていて、医者が患者に「どうしてこんなになるまで放っておいたのですか?」と言う台詞があった。怪訝かつ憮然と 言って放つ。強烈なキメ台詞だ。
 しかし、学生時代以降、私はこの台詞を現実に聞いたり、まして使ったことは皆無である。恐らく前時代の感染症全盛期には通用していた業界用語な んだろう。少なくとも、医療の世界では、こういう言い回し(ディスクール的プラチック)は廃れてしまっている訳だ。全く自己弁護的で責任の所在を最初から 転嫁するこういう言い回しは、悪役レスラー顔負けの卑劣な反則行為であると自戒しよう。
3.1
夕焼けの詩
 2000年の初め、これも久しぶりに西岸良平の漫画をひっぱり出して単行本全刊読んだ。
 10数年前にレトロブームは萌芽していた。これはアナクロニズムでなく史料として面白い。
昭和30年代の家庭は化石燃料にとって代っていない。炭や練炭が市中でも商われていた。そしてそれらがどう廃れていったかが描かれている。恐らく私らがそ れを記憶する最後の世代だろう。
 田舎で茅葺きが廃れていったのも燃料の変化によるところが大きいと思う。同時に田園の風景も変わった。今見るに忍びない故郷の平地林も同じ。
 「昔は良かった〜」「なつかし〜」はただそれだけか、下手をすると「今時の若いもん...」といういわれの無いひがみに転嫁される。そう言う前に自分の 足元を見ること。
2000.1.14
炭焼き
 最近よく民家修復の現場で焚き火をする。薮開きや茅下ろしがあったのでやるしかなかった。大量の枝葉などを大穴でただ燃やすのはちともったいない。焼芋 や飯ごう、お釜でご飯炊きもやった。どれも簡単。
 高枝を下ろしたものや間伐した木は薪にしているが、結構な量になる。近所の爺様と話していて、ドラム缶で炭焼きができると聴いた。少し勉強してみよう。
 火鉢の灰も作ったので、木炭を買って何回か燃やした。何十年ぶりで木炭の臭いをかいだ。木炭はホームセンターで¥200/kg位。バーベキュー用が主な 需要のようだ。火起こしも五徳も売っている。でも薪や炭は買うものじゃなくて、作るか貰うかするものだと思う。
 こんなことをして世期末の年の暮れを過ごした。
2000年 1月
詩人の鐘
 日本語の歌にもたまにはびっくりするものもある。`89年にこの曲のオリジナルのCDを私は珍しく買って持っていたが、引越しの時に売りとばす か人にあげてしまっていた。当時友人が結婚式のBGMで流した記憶はあったが、さして気にもとめず、ありきたりのメッセージソングと思っていた。
 `99年11月頃車を運転ながらFM放送を聴いていたらハマショーが出演し、この曲の新バージョンが流れた。10年たった今、自分の経験と現実におい て、これほどリアルタイムな詞はないと思った。オリジナルのCDを中古で買って毎日のように聴いている。
1999 12月


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